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第41話
「もう…っいから…いちぃっ!」
「なんだよ…全が可愛がって欲しいっておねだりしたから、俺が存分に可愛がってやってるんだろう?」
もうどれ位の間、身体中をこうやって一の手や舌、歯で弄られ、跡を付けられたか分からない。あちこちにできた新しい傷を舌で舐められるたびに感じるピリピリとする痛みは俺の脳内で快楽へと変換され、我慢できずに揺れる腰をいくら一に擦り付けてもまだダメだと言うばかりで、俺はヒートの体の熱さを発散できないままでいた。
「熱い…あ…っついよぉ!いちぃ…もう…欲しいよぉ!」
ぐずぐずととろけさせられた身体は、ともかくこの快楽に終止符を打って欲しくて、一に哀願し続ける。
しかし一はそんな俺を意地悪い目で見つめ、一向に後ろも前も触れてくれない。
既に受け入れる準備を一の手によってされたそこはシーツを濡らすほどに体液を垂らし、ひくついて自分を気持ち良くしてくれるモノがいつ入ってきてもいいように待ち望んでいるのにそれは一向に来る気配もなく、いつまで待てばいいんだとでも言うように俺を苛む。
「もう、やだ!やだ!一、離して!」
確かに自分でねだったとは言え、ここまで我慢させられるとは思わず、俺はもうともかく自分のこの熱を発散したくて、触れてくれない一の手を押さえつけた。
「何だ?」
その手をくいっと曲げられ、痛みに出そうになる声。しかしそれを歯を食いしばって我慢する。
それに一が苛立ったように思う。俺の手についている鎖を引っ張り、かなりあった余裕を無くしてベッドの柵に固定した。
「やだ!痛いよ!一!」
「俺に反抗的な態度を取るからだろう?全がたくさん可愛がって欲しいって言うから、こうやって時間をかけているのに、何が不満なんだよ?」
そう言って、噛み切るような勢いで先程の乳首に歯を立てる。
「ったい!痛いよぉ!乳首切れちゃう!もう、やだぁ!」
まるで子供のように泣き喚く俺を一がそれでも許さず、今度は股間に歯を立てた。
「やぁあああああああっ!」
痛みと恐怖に悲鳴が口を突いて出る。
頭を振って、体をばたつかせても、今までとは違って余裕のない拘束ではただお腹の当たりがトントンと跳ねるほど。それでも、俺は一の口を股間から離したくて必死に身を捩る。
「あぁ、そうかよ!だったら勝手にしろよ!おれはもうさわんねぇからな。落ち着くまで勝手にそうやって我慢してろよ!」
一の口がいきなり離れたと同時に、その体も俺から離れてベッドを下りる。
背中を向けたままで置いてあるソファにどかっと座ると、手を頭の後ろで組んで天井を見上げた。俺からはよく見えないが、寝ているように見えるその格好で黙ったまま、一が動かない。
何でだよ?!
だって、俺はただ少し可愛がって欲しかっただけなんだ。
こんなに長く我慢するなんて思わなかったから、それに熱くて辛くて…身体はもう一が欲しくて…だからお願いってしたのに…何でこうなっちゃったんだろう?
いつものヒートの時なら、あの俺ならきっと一を怒らせたりはしないんだろうな…もう嫌だ…こんな身体はもうイヤだ!Ωなんかに生まれてこなければ俺は今もあの家で父さんや母さんと一緒に、あの家の後継者として暮らせていたのに…
「もう、嫌だ…」
心の声があふれ出て口からこぼれた。
「もう、Ωなんてイヤだ…みんな、俺がΩだからこうなったんだ…全部俺のせいだ…俺がΩなんかに生まれたから…もう、もうこんなの嫌だ!」
一が驚いて、ベッドに駆け寄る。
「何を言っているんだ?おい、全!」
一の両手が俺の顔を包み込むが、それを嫌だと頭を振って振り払う。
「俺がΩだからみんな死んだんだ。俺がΩだから沢は仕事も人生も棒に振った。俺がΩだから一は俺を番にした…そうして、俺は俺の人生を全て一に握られたんだ!そんなの俺の人生じゃない!もうやだぁああああああああっ!」
一が一瞬怯むほどの大声に、扉がノックされて入りますよと沖が手に注射器を持って入ってきた。
「何があったんですか?」
沖が睨んだままで一に聞く。
「しらねぇよ。ちょっと我慢させたら、いきなり俺に離れろって言い出して、だったら離れてやるよってソファで怒りを覚ましてたら、いきなりこれが始まったんだよ。」
「まったく…我慢させたって言いますけれど、相当無理をなさったんじゃないんですか?ヒートの熱はΩの身体からエネルギーを奪い、心も弱くさせます。それでそうやって子供のように全様に怒られるようでは…」
はぁと大きなため息をついた沖が、静かに俺に近付く。
「やだ、怖い…怖いよぉ!やだぁ!こわいよぉーーーーー!」
沖の手が俺の手に触れてそっと撫でる。
「大丈夫ですよ、全様。私はあなたに手を出すことはありません。私はあなたを楽にして差し上げたいだけです。どうか、怖がらないで。」
「でも…怖いんだ…俺の身体と心が言うことを聞いてくれないんだ。俺はもうΩなんてイヤだ!番も子もいらない!俺はもう…生きていたくない!」
「全っ!やめろっ!もうやめてくれ!」
一の悲痛な声にそれでも俺は口を閉じることができない。
「もういらない!一も子供も…運命も何もかもいらない!死なせてよ!俺はたくさんの人達を俺がΩの為に殺した。沖の父親もそうだろ?だったら沖、復讐しろよ!俺を殺せ!子供も殺したお前だ!俺のことも殺せるだろう?!殺してくれ!」
叫び喚き続ける俺に一がその口を手で覆うが、沖の手がそれを引き離した。
「一様、今の全様は薬で少々マイナスの感情に引きずられているだけ。この薬を打てば少し落ち着かれますので、すぐに全様を満足させてあげて下さい。それと、薬で多少強く出ているとは言え、ヒートはただのやりたいという欲情だけのものではありません。男性の場合は特にその体に無理やり子を作る器官を備えて、αの愛をその身に受け入れる日。それに少しでも揺らぎを感じれば、Ωは生きる意味を無くします。よろしいですか?Ωにとってαは絶対的支配者。番ともなれば相手のαだけがこの世の全て。それをよくよく心にお刻み下さい。よろしいですね?」
そう言って、一が悪かったよと渋々頷くのを見た沖が、俺の腕にちくっと針を刺した。
「全様、これで少し楽になりますからね。それともう一つ…私はあなたが憎くてお腹の子に手をかけた訳ではありません。倫理というこの世界の秩序を守る為。しかし、それも無駄に終わったようですが…今はもうあなたのお腹に宿る小さな命達を守ることしか考えておりません。さぁ、全様。涙を拭きましょう。はい、これで大丈夫。それでは一様、くれぐれも全様を泣かせることのないように。失礼いたします。」
沖の背中が扉で見えなくなると同時に一が大きく舌打ちをした。
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