43 / 106

第43話

ぶるっと体が震えて重い瞼を薄く開けると、目の前にはごくごくと喉を鳴らす一の顔。 「い…ち…?」 何しているのと言う言葉は続かず、無性に寒気と眠気が襲ってくる。 「俺の…俺のモノだ…だから…俺のモノにする…」 俺の顔を挟んだ一の手に無理矢理目を開かされ、見えたのは一の唇から流れる一筋の赤。 「血…?」 問いかけた俺に、一は無邪気に笑ってうんと頷いた。 「まずは全の血を俺のモノにするんだ。俺は全を全部一滴残らず自分の内に入れた方が安心だって分かったんだ。血がなくなれば全は痛いのも辛いのも無くなるから、そしたら俺はゆっくりと全を俺の内に入れるんだ…」 「俺、死ぬの?」 不思議と恐怖はなかった。ヒートという特殊状況が、一の狂気のような愛すらも嬉しく感じさせていた。だけどただ一つ疑問があった。 「一との子供も食べちゃうの?」 「子供…俺との子供…でも、愛が分かれる。俺と子供に愛が分かれる…俺は全の全てが欲しい…違う…俺は子供も欲しい…俺と全の子供…でも全の全ては俺のモノだ!!」 そう言ってベッドから降りると部屋中を頭を抱えて歩き出した。 その異様さと一のあまりの辛そうな顔に俺は流石に心配になり声をかけた。 「一?なぁ、一ってば!どうしたんだよ?!」 俺の必死の問いかけにも反応せず、ただただ歩き回っている一に、必死に拘束具を揺らすもそれは虚しくジャラジャラと音を立てるだけで、近付いてその体を抱きしめることもできない俺は、唯一出せる大声で沖の名を呼んだ。 「沖ーーー!来てくれーーーー!」 俺の声を聞いた一の動きが止まり、俯いたままでベッドに近付いてくる。 「一、落ち着いたのか?一?」 尋ねる俺に跨った一の顔が、上を向いて俺を見つめた。 「ひっ!」 我慢できずに出た悲鳴を吸い込むように合わさる唇。 まるで口の裂けたようにニタァと笑い、目は笑ってもいないのに可笑しそうに歪んでいる。 そんな顔の一が俺の身体を貪るように舌で舐めまわし、手で弄ぶ。 「なんで他の者の名を呼ぶ?全の口は俺の名前だけ呼んでいればいいんだ。俺のことだけ見て、俺のことだけ感じて、俺のことだけ考えて…だからお前の中にいるのは俺にとっては邪魔者だ。俺以外のことを愛する全なんか見たくない!なぁ、全もそうだろう?俺を子供達に取られたくはないよな?なぁ?」 「だ…って、俺達の子…どもだよ?一があんなに欲しが…って…いた…」 一がぶんぶんと頭を振って俺の腹に両手を置く。 「俺は他のどんな奴らにも全を取られたくない。このうなじから出る血を全て、吸血鬼のようだとお前が言ったように飲み干せば、お前は俺だけのモノになる。俺だけのモノに…っ!」 急に一の顔から狂気が消え、瞼を閉じると一の全体重が俺にのしかかった。耳元ではすーすーと寝息が聞こえ、訳のわからない俺がキョトンとしていると、一の後ろから沖が注射器を持って現れた。 「ご無事ですか?あぁ…首からの血が…すぐに治療します…っとその前に一様を横に寝かせて…しばらくは起きられませんのでって…私の事、平気ですか?」 何も言わずにガクガクと震える俺の身体を見て、沖がですよねと微笑み、裸の上にタオルケットをかけた。 「私はあなたの主治医であり執事です。あなたは主人であり、主人の番でもある。そんな方に手を出せば、私はせっかく見つけた割の良い仕事を手放さなければなりません。そして私には今もただ一人と決めた番がいます。ですから安心して私の治療を受けて下さい。そう、まずはゆっくりとお休み下さい…起きた時にまたお話しいたしましょう。」 寂しそうに微笑む沖の手に握られた注射器が近付いてチクッとした痛みと共に、俺は渦に引っ張られていった。

ともだちにシェアしよう!