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第44話
「…んで、起きないんだよ!おい!」
「まったく、自分のことでこうなったというのに、私のせいにされましても…あぁ、ほら、目を覚まされましたよ。」
ダダダと走ってくる足音。
ぼーっと天井を見つめていた視界が一の顔だけになって、ビクッと驚く。
「一様、全様が驚かれていますよ…ちょっと、失礼します。大丈夫ですか?」
沖に聞かれてこくんと頷き、喋ろうとするが口がうまく回らない。
「ひゃに、ひょれ?」
「あぁ、まだ薬が残っているようですね…痺れなどはありますか?」
手や足に意識を向けるが、そちらは特に気にならない。ううんと首を横に振るとそれでは失礼しますと沖が一礼して部屋から出て行く。
一がベッドに上がり、座ってその膝に俺を抱き寄せた。
「ひょうした?」
沈んだ顔の一に声をかけるが、うんと言ったきりで会話が続かない。
色々な事を思い出して首に手を当てると、包帯がしてあるのが分かり痛みに顔が歪む。
「…ごめんな。俺、初めてラットって言うのになったらしくてさ…」
「ヒャット?」
「そう、ラット。αにもあるんだな、そういう自分じゃどうにもならない衝動みたいなモンが…それで、全を傷つけて…ごめんな。」
そっと一の手が首の包帯に触れる。自分で触れた時には痛みしか感じなかったのに、一の手で触れられると、痛みと共に違うナニカが湧き上がってくる。
「んっ!」
「あ、痛かったか?ごめんな。」
離そうとする手を止めるように自分の手を覆い被せる。
「え?全?」
驚きの余り、口を開けたままで止まっている一をくすくすと笑いながら、少し落ち着いてきた口で話す。
「ひ…一が悪いわけじゃないんだろう?自分じゃどうにも出来ないモノなら、仕方ないじゃないか…それに俺、別に怖いとかなかったし。ヒートだからかもしれないけれど、あんな風に一が俺を激しく求めてくれたの嬉しかったくらい…って、一!?」
一の手が首の包帯を取って、塞がりかけた噛み跡に舌を這わせる。
「ひあっ!んっ…やめっ…」
「やめ?」
「…ないで…イジワル。」
はぁと一がため息をついて、俺をぎゅっと抱きしめた。
「なんだよ?」
「なぁ、今ってヒート…だよな?」
「え?」
自分がヒートか?と聞かれても、心は穏やかで身体も先程のような熱さは感じない。ただ一を愛しいという想いだけが心を占め、でもそれだけでヒートと言うのも違うのかな?と考えあぐねている俺に一がもういいよと唇を合わせてくる。
「んっ…一?」
「いいよ…こんな風に可愛いこと言ってくれるのヒートの時だけだもんな…分かっててもさ、つい期待しちゃうんだよ…お前に酷いことばかりしている俺が、そんな風に想ってもらえるわけないのにさ…ついヒートって言うものを忘れて、今の全が本当の全なんじゃないかって…」
「一…」
本当に一が言う通り、今はヒート中なのだろうか?
だが、今更ヒートじゃないかもと言うのもなんだかなぁ…それに薬で強制的に起こしたヒート、沖にきちんと聞かなければ今の状態を一には言えない。
自分の心がこんなにも分からないなんて…だからΩは嫌なんだよ…
はぁと大きなため息をついた俺と目があった一が、悪いと言って俺から体を離した。
「一、どうしたの?」
しばらく口をつぐんでいた一が、何かを決心する様に大きく頷くと、俺に向き直って話し始めた。
「もう今更な話なんだけどさ、この際だから懺悔させてくれないか?」
「懺悔?」
「あぁ。俺のずっと心に刺さっている釘の事…聞いてくれるか?」
一の真剣な顔に半ば押されるように頷いていた。
「俺な、本当は分かっていたんだよ。父さん達に全がΩだって言えば、俺を後継者にするだろうなって…あ、俺は後継者になりたかったわけじゃないんだ。ただ…」
「ただ?」
一の顔を覗き込もうとする俺の体を後ろ向きにして膝に乗せると、背中からギュッと抱きしめて肩に顔を埋めてきた。
「ただ、全が後継者じゃなくなって、父さん達が全をあの家にいては困るモノとして扱ってくれれば、全は沢以外に頼れる人はいなくなる。その沢も結局は後継者の俺の言う事を聞くようになるわけだから、結局は全にとってあの家で頼れる存在は俺だけって言うことになるだろう?だからさ…本当は父さん達に全がΩだって言わなくても全を俺の番にする方法もあったんだけど…俺は言う事を選んだんだ…全を俺だけのモノにしたくて…」
そうだろうなと思っていた…いや、分かっていた。
自分がΩだと分かった時から心のどこかで、Ωとバレたら父さん達にとって俺は後継者として、いや、あの家においておくことすらも汚らわしいモノとして扱われるんだろうなと…だからあの日、一が検査をしてくれと言ったあの時、俺の全てが崩れ去って行く音がしたんだ。
だから、必死になって止めた。あれでは自分でΩですと言っているようなモノだと分かっていながら俺には止められなかった。
俺は違う!俺はΩなんかじゃない!検査なんかしないでくれ!
あの必死さ、今思えば笑ってしまう…それでも、俺は俺の生活を奪われたくなかった。αとしてあの家の後継者として、父さんと母さんに期待され、褒められ、暖かく優しい眼差しをこの身に降り注がれ…そんな自分の生活を崩されたくなかったんだ…それなのに、分かっていたのに…一は俺をΩだと父さんに言った…俺に自分のα性を売る代わりに番になれと言った…俺はこの身体を、心を、家族を、将来を、全て一に奪い取られた。
ふつふつと沸き起こる怒り。
なんで俺はここでこうして一に抱かれている?沢も家も家族も、その全てを奪った一に抱かれ、腹にその一の子を宿し、幸せに浸っていられる?
肩に触れる一の顔、呼吸を感じてぞくっと体が身震いする。
愛してる?
俺が一を愛してる?
…っざけるな!
「やめろ!やめろ!やめろーーーーーーー!」
一がいきなり出した俺の大声に驚き身体を離す。
「勝手に懺悔して、勝手に楽になろうとして、俺はそんなの許さない!俺はお前を一生許さない!Ωだと言わなくても良かったのにって何だよそれ?俺は…Ωだとバラされて、全てを奪われた!それなのに、今更そんなこと言って…だったらそうしてくれよ!Ωだとバレさえしなければ、俺は今でもあの家で後継者として、父さんと母さんに優しい笑顔を向けられながら暮らしていられたんだ!お前が…お前がその全てを俺から奪い去った!もう,嫌だ!俺はもう、お前となんて一瞬もいたくない!俺を自由にしてくれ!なぁ、分かるだろう?一…α様の一になら、Ω如きの考えくらいお見通しだろう?なぁ、もう俺を自由にしてくれ…もう…助けてくれよ、一…」
そう言って、俺はベッドの上に立つと側にある窓の縁に足をかけた。
瞬間、一の手が伸びて俺の腰を掴んでベッドに押し倒した。
くそっと歯を舌に当ててグッと力を入れるが、一の手が俺の歯と舌の間に入り込みうまくいかない。それでも必死に歯に力を込めると、錆びた鉄の味が口の中に広がる。
「くそっ!」
一の苦しそうな声が聞こえるが、指はそのままで、だんだんと血の味が濃くなり、口から溢れ出て行く。
「沖!沖、来てくれ!」
大声で沖を呼ぶ一の身体の下で必死に身を捩り抜け出そうとするが、がっちりと抱きしめられた身体はそれを許されず、結局はαに従うしかないΩの現実を突きつけられる。
「…う、嫌だ…もう、嫌だ!Ωもαも、何もかもが嫌だ!」
引っ掻き、噛みつき、必死に抵抗する俺を一はただただ抱きしめ、ごめんなと謝り続けた。
それでも俺は一を許すことはできず、沖に注射を打たれるまで抗い続け、一は静かになった俺をそれでも離さず、ただずっと謝り続けていた。
全様はもうヒートでしか幸せは感じられないようですと沖が一に話すのが聞こえ、俺は一を愛してると言いながら涙を流し続けていた。
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