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第48話
「お前、自分には大事な番がいるから、俺を襲うことはないって言ってなかったか?」
次の日、薬が切れた俺に再びヒート誘発剤の入った点滴を取り付けている沖に尋ねた。
「あぁ、その話ですか?一様のことですよ…」
「え?!」
沖の言葉に目を丸くする。
「全様に抵抗されて沈まれた時に、少々慰めて…まぁ、そう言うことをして差し上げたんです。それでふと思い出したんです。この通り私はこれでも医者として色々な方達を診てきました。その中に後天的にΩになったαの方々がおりましてね。」
初めて聞く話に今度は俺の方が目を丸くする。
「何?後天的に何になるって?」
聞き返す俺に点滴を用意していた手を止めて、俺の座っているベッドの端に腰掛けた。
「ある条件下でαがαのうなじを噛むと、噛まれたαはΩに変化するのですよ。それを思い出して、一様を私の番にしようと決心し、機会をずっと伺っていたんです。」
俺のうなじに伸びて来る沖の手を叩き落とし、きっと睨む。しかしその心の内では沖の昨夜の言葉を思い出して、焦っていた。
俺も一と同じように自分の番にするって…自分の目の前にうなじを差し出すまで追い詰めるって…俺、忘れていつも通りの裸で、この部屋に沖と二人きりで…しかもヒートを誘発させる薬を今まさに沖が俺の身体に入れようとしている。
マズイんじゃないか…
気持ちが顔に出たのか、沖の顔に嫌な笑いが浮かんで、逃げようとする俺の腕を掴んだ。
「やだ!やめろ!!」
「叫んでも、一様はご自分の事で精一杯…来やしませんよ。」
沖の手に握られた注射針がきらりと光り、ぐっと掴まれた腕に針が入っていく。
俺よりも細く見える割に、しっかりと握られた腕はどんなに動かそうとしても動かず、沖の力の強さに俺はまったく歯が立たない。
それでも懸命に沖の手から自分の手を引き抜くように力を入れるが、注射針を入れ終わった沖の両手に拘束され、そのまま押し倒された。
「くっ!」
沖にも薬にも必死に抗う俺に、薬は非情にも沖の目の前で俺をヒートにしていく。
「や…だ…俺に…触る…な…っ!」
唇を噛み、ヒートで熱くなっていく身体をひたすら我慢するが、俺には匂わないヒート独特の香りが沖の顔をそれと分かるオスの顔に変化させていく。
「待つ…なんて言いましたけれど…はぁ、さすがにこの匂いに抗うのは…無理というもの。沢さんが運命の番と間違うのも…なるほどと納得するほどのこれは…αをただのオスにするほどに甘美な…全様…その熱、取って差し上げましょうか?」
片手で俺の両手首を持つと、沖が自由になった手を俺の目の前でふらふらと揺らしてから、中指を俺の鼻のてっぺんに置く。
それがつーっと唇、顎を通って首筋、胸、臍、そして股間でそそり立って震えている俺のモノを爪で何度も刺激する。
「はぁっ…あぁっ!やっ!あっ!やめっ!んっ…ん…あっ!」
吐息と一緒に我慢できない甘い声。その俺の声に煽られるように爪から指に変えた沖が俺の先端をぐりぐりと痛いほどに刺激する。
「全様はここを痛いくらいにされるのがお好き…なんですよね?」
どこで聞いていたのか、俺の感じる部分は既にわかっているんですよと言うような自信満々な顔に、違うと言っても既に身体はその沖の手にいいように翻弄され、一が全身に付けた噛み跡を舌で舐められ、その上からまるで上書きしていくように歯形をつけられて、それが沖だと頭ではしっかりと分かっているのに、絶対にこいつに抱かれるのは嫌だと頭も心も抵抗しているのに、身体だけは沖が与える愛撫に悦び、ヒートの熱を取って欲しいと腰を揺らして沖を誘う。
「いいですね…全様も一様も、その品を保ったままで私に抗い私を誘惑する。特に生まれというモノを意識する事はありませんでしたが、なるほど、あなたのような生まれのΩばかりを集めたがる人の気持ちが分かりました。」
「俺の…ような…?」
「えぇ。あなたのように、生まれてはいけない家にΩとして生を受けた者達をコレクションするように集めたがる人々がいましてね…まぁ、その全てを番にしても余りある金と性欲のあるαと言うのは世の中に結構な数いるもんなんですよ。あなたももし一様に番として求められなければ、今頃はそのようなαの元で…まぁ、今の状況を考えるとそちらの方があなたには幸せだったのかもしれませんね。このように執事という仕える側に組み敷かれているようなことにはならなかったでしょうし…ふふふ。」
はっと気が付き、沖の手から逃れるように身を捩りながら沖に問うた。
「そうだ!お前は一というお前の主人に手を出したんだ。しかもあろう事か、Ωに変えたって…この先の事、お前はどうするつもりなんだ?!」
どうしましょうかねぇと、俺の話をなんてことのないように聞き流そうとする沖に、ふざけるな!と俺が大声を出す。
「この先のこの家のやりくりも、言ったらお前の給金だって一がΩじゃ…」
俺が一にΩではダメなんだと突きつけられた時のことを思い出す。
「そうやって私の与える快楽から逃げようとしているのは分かりますが、そろそろ限界なんじゃないですか?まぁ、それでも全様が他のことを考えるだけの余裕がおありになるという事ですから、私の不甲斐なさ…という事でしょうか?それはともかく、一様の場合、性の変容はあってもその能力、身体の仕組みは後天的Ωの場合、αのそれから変わる事はありません。まぁ、ヒートや男を受け入れる為の体液は出るようになりますが、その基本的なαの能力はそのまま受け継がれます。そのような器官もないので、子供も産む事は出来ませんしね。」
沖の手が俺の腹をさする。ぞくっと身震いした俺に沖がにっこりと微笑みかけてきた。
「そんなに警戒しなくても、あなたのお腹の中の子供達は私がお守りしますよ。あなたの番として私が…」
「っざけるな!俺はお前となんか番にはならない!さっさと俺の上から退け!」
ギラっと睨む俺の顔に手を当て、沖が面白そうにハハハと笑い出す。
「あなたの心を追い詰めてしまったと弱り切った一様は口では抵抗されていたが、すでに何度も私によって開かれていた身体は私の番となる事をどこかで受け入れていたのでしょうね。思いのほか簡単にΩになられたので、少々こちらが驚いたほどでしたが…」
隣でうなじに手を当てて震えていた一の姿を思い出す。
一にされた事は今でも許せないが、番が解消された今ではむしろ沖の言う通り、あの状況では一の番となった運の良さに感謝とまでは言わないまでも、良かったのかもなとは思っている。
「そんな風に私に抗い、排除しようとしても、身体は熱く火照り、αの精液をその身に受けたいと願い打ち震える。いいんですよ、全様。私はこの家の執事。あなたの願いを叶える存在。さぁ、私に命令して下さい…静液をぶち込めと!」
「い…やだ…言うもの…か…くぅっ!」
言葉では必死に抗ってみても、沖の言葉が甘露のように身体に染み渡って行く。
αの精液をこの身に受ければ、どうにもならないこの熱から少しは楽になれる。沖が沢だったなら…。
そんな甘い妄想も、湧き上がる熱によってすぐに霧消する。
「さて、そろそろ私の方が我慢の限界…これもΩの運命と諦めて、抱かれて下さい。」
「っざけるな!!やめっ!触るなぁあああああっ!」
拘束された身では何の抵抗も出来ず、まるで無頼の輩のように体の中に押し入った沖に、それでもいつの間にか腰を振り、精液を受け入れ、涙を流しながら喘ぎ声を出し続けていた。
唯一、うなじを差し出すことを拒んだ俺に、次に沖が来る時までイかないようにと俺のモノに拘束具を付けた上で、あの一の代わりだと入れられたモノを再び奥深くに入れられた。
「次に私が来た時には、可愛くうなじを差し出すあなたが見られることを期待していますよ。」
「取れ!やだ!!とれぇええええっ!」
沖は笑って一礼すると叫ぶ俺に笑いかけて部屋から出て行った。
沖のいなくなった部屋。拘束具によって膨れながらも溜まった熱を出せずにいる俺は、地獄のような逃げ場のない快楽の迷路を彷徨い続けていた。
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