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第49話

「…っめろ!嫌だ!やめろ!」 廊下から一の声と、ずるずると引っ張られてくる音が聞こえてくる。それが部屋の扉の前で止まると、いつものノックの音がして扉が静かに開いたが、すぐにバタンと音を立てて閉まった。 苦しさと快楽の中で頭がおかしくなりそうになりながらもそちらに目をやると、再び開いた扉の向こうに沖の腕に抱かれて手足をばたつかせている一と目が合った。 「全…見ないでくれ…俺を…Ωの俺を見ないでくれ!」 俺の視線から逃れるように顔を背ける一を抱きながら沖がくすくすと笑って入ってくる。 「一様、それはΩの全様にいうべき言葉ではないと思いますよ?大体、あなたが全様のΩ性の事を父上様達にお話にならなければ、全様の人生は今とはきっといいか悪いかは別として変わっていたのは確か。皆にΩだと突きつけたあなたがそれを言うのかと、ほら全様も呆れ顔…ねぇ、全様?」 沖の言葉に俺は二人とは反対の方に顔を向けた。頬を悔しさの混じった涙がつーっと流れていく。 「…ごめん…」 一の言葉に、怒りで体が熱くなる。 「謝るなっ!懺悔して、後悔して、謝って…それで自分だけ楽になって…俺はお前のせいでこの手にする全てのものを失ったんだ!それをごめんの一言で済ませる気かっ!ふざけるな!ふざけるな…」 大声で怒鳴り散らした俺の目から涙が溢れ、それでも我慢できない快楽が俺を苛む。 我慢しても口から出てしまう甘い声に、沖がお可哀想にとそうは思っていないと分かるおかしそうな口調で呟いた。 「さて、お二人のお話はここまでにしまして…全様、そろそろいかがですか?」 沖の言葉に俺は頭を横に振る。 「全く、我慢強い方ですね、全様は。これも一様に色々と鍛えられたおかげというかせいというか…どちらにせよ私としてはいささか想定外の我慢強さ…私も大抵我慢強い方だと自負していたのですが…全様、あなたの匂いは全αを狂わせる、いわば毒花。私ももう我慢の限界です。他のα、特に沢さんに取られてしまう前に私の番とさせていただきます。」 一様はこちらでと、嫌がる一をベッドの側に置いてある椅子に拘束すると、沖がするすると布の落とす音をさせながらこちらに近付いて来る。 顔を向けると、すでに全裸で微笑みながら注射針を握った沖の後ろで一が青ざめた顔で、猿轡の為に言葉にならない声を上げて、必死に体を揺らして沖を止めようとしていた。 しかし、それには目もくれず、沖はじっと俺を見つめたままでゆっくりとベッドに歩み寄り、ついにその腕が俺の腕を取ると注射針を刺した。 「これは今までの誘発剤とは違い…って、説明するまでもないようですね?どうですか?これ、効くでしょう?」 薬が入った瞬間、今までの熱とは比べものにならないほどの熱さが俺の身体の隅々まで行き渡り、全身が性感帯になったように、シーツがほんの少し触れた程度でも声が出る。 こんな状態で触れられたら… 伸びてくる沖の手。どんなに身を捩っても大声を出しても、俺を助けてくれる者はいない。 誰か!誰かーーーー! それが沖の手が顔に触れた瞬間、時間が止まったように全身が凍る。一瞬後、まるで爆発するような快感が体を支配し、俺はそれだけで熱を放てぬまま果てた。 荒い息で喘ぎ続ける俺の体を沖の手がそっと触れる度に、俺は何度も果て、体は痙攣が止まらず、理性どころか思考も何もかもが俺の中から追い出され、言葉もまともに話せないほどに口は開いたまま涎も涙も垂れ流した顔はぐちゃぐちゃで、もう何もかもがどうでも良くなった俺に沖が囁いた。 「うなじを差し出しなさい。そうすればあなたのここの拘束を解いてあげましょう。全様、私の番になりますか?」 沖の指が俺の中心で苦しそうにもがいている性器を拘束している物に触れる。びくんと腰が浮き、早く取ってくれとせがむように揺れた。 「一様、あなたをなぜここに連れてきたのか分かりますか?あなたは今、この部屋に充満している全様の匂いを全く感じ取ることができないでしょう?それこそがあなたがΩとなった証。そしてあなたはご自分のなさった事を私にされるのですよ…そう、あなたが沢さんにされた、目の前で最愛の人が番にされる瞬間をその目で見るのです。」 「んーーーーーーっ!」 一が大声を出すが、沖は笑ったままでそれを見ている。 しかし、何を思ったか沖が俺から離れ、一に近付くと猿轡を外した。 「言いたいことがおありのようですね。全様もまだうなじを差し出してくれませんし、いいですよ、お聞きしましょう。」 そう言ってどうぞと一を促した、 「お前は、結局は俺達に復讐したかったのか?」 一の言葉に沖が一瞬目を丸くして吹き出した。 「復讐?あぁ、父の事ですか?それはとっくに忘れていました。今、一様に言われるまで忘れ去っていたほどです。なるほど、復讐ですか?…それはないですね。」 微笑んで答える沖に一ががだったら何でこんな事をするんだと食ってかかる。 「何でかって?あなたがあまりにも可愛く私の下でお鳴きになるものですから、私だけのモノにしたくなったんですよ。あなたがαのままでも私は構わなかったのですが、それでは全様という番を持ったままなので私だけのモノにはならない。そこで、実験がてらあなたをΩにすることにしたんです。まぁ、こんなに上手くいくとは思いませんでしたけれど…」 「お前が、全に懺悔すればいいって言ったのは…っ!」 「あぁ、そうですよ。薬が切れた全様とは思いもしない一様に懺悔を促す。全様の中に残っていた一様への怒りがどの程度か…それがこの計画の肝でしたが、嬉しい想定外とでもいうべきほどの大変な怒りによって、一様の心は修復できないほどに弱られました。そう、全様に手を出せないほどに…それこそが好機。私に抱かれ、口では嫌がりながらも私だけを求めたあの時、あなたのうなじを噛んだことで一様は私の番、私だけのΩになったのです。」 ハハハと高笑いする沖に一が唇を噛む。 「そして、私は考えたのです。全様を沢さんにお渡ししようと…しかし、あの匂いを嗅いでしまっては無理です。全様、あなたの匂いは全てのαを虜にする。あれを嗅いでしまったら、他のαに渡せようがありません。」 沖が一から離れて俺に向かって来る。 「やめろ!全に触るな!全は俺の…俺の大事な家族なんだ!俺だけで我慢してくれ!頼む…頼むから全にだけは…全にだけは、手を出さないで…くだ…さい。」 近付いていた沖がくるっと振り向き一を見る。 「あんなに横柄なあなたが私に頭を下げ願うのですか?一様、いくらあなたがΩになったとは言え、私は所詮あなたに仕える身。そんな者に頭を下げ願うとは…それほどまでに全様が大事ですか?」 沖が一に近付き、その前に片膝をついた。 まるで王妃に謁見する騎士のように沖が一を見上げる。 「あぁ、大事だ。俺の唯一の家族。運命の双子…そして俺は今でも全だけを俺の番だと思っている。こんな噛み跡で俺の心はお前になんかに屈しない。絶対に俺はαとして全を再び俺の番にする。だから…全には…」 「それで、私の心を動かせると思っているのですか?一様、もし本当に全様を助けたいなら、身も心もその全てを私に捧げる代わりに全様を助けてくれと願いなさい。そのお覚悟がないなら沢さんと同じように、あなたの最愛の人が私の番となる所を唇を噛んで…」 「やめろっ!俺に全を諦めることなんてできないって、分かってお前は…」 一の目から涙が溢れ、ギリっと沖を睨む。 「ええ、ですからその全様を助けたいと願うのなら、全様を諦めなさいと言っています。」 「…それで…それで本当に、全を番にしないと約束してくれるのか?」 沖が微笑みながら一に近付き、手が顎に触れてそのまま一の顔を上に向けると、唇を合わせた。 「甘美…」 唇を離した沖がにっこりと微笑む。 「守れよ、約束。」 一の言葉に、沖がふふっと笑う。 「さて、全様。」 一から俺に向き直り、沖が名を呼んだ。 その時には俺はもう何もわからないほどに体が熱くて、苦しくて、ともかくこの熱を取ってくれるαの静液が欲しくて欲しくて、何もかもがどうでも良くなっていた。 「あぁ、これは大変だ。全様はもう限界に達しているようですね…」 そっと股間に触れられ、何度目かも分からない絶頂に息を荒くする。 「…すけて…助けて…精液…欲し…い…助け…て…」 俺の呟きに沖がにんまりと笑い一を見る。 「一様、どう致しましょうか?このままでは全様はおかしくなってしまわれますよ?一様とのお約束通り、私が手を出さなければ、全様はこの熱のせいで苦しく辛いまま。お可哀想に…」 「…っさまぁ!ふざけるな!俺にあそこまでさせておきながら、俺にそれを破らせるのか?俺に全を助けてくれと、手を出せと言えと…」 「あぁ、そんな怖い顔をしては全様が怯えてしまわれますよ?今はそう、例えていうなら5歳児ほどの知能でしょうか?ねぇ、全様…私が欲しいですか?αの私の精液が欲しいですか?」 沖に尋ねられ、俺は頭を縦に一生懸命に振る。 「欲しい!静液ちょうだい!辛いの、苦しいの…助けて!」 「沖、やめろ!」 一の大声に俺はそちらをきっと睨む。 「止めるなっ!お前はうるさい!ねぇ、早くちょうだい…俺の中に…早くぅ。」 くねくねと動かす腰に沖がふふっと笑い、一に振り向く。 「一様、このままでは全様がヒートから覚醒された時に相当ご自分を責められるんじゃありませんか?これ以上の無様をされる前に…ねぇ、一様?」 「ねぇ、あっちなんかいいから、俺のここに早くちょうだいよぉ!ねぇ、静液ちょうだい!」 沖が困ったような顔で俺の頭を撫でる。 「あぁ、どんどん幼児化していかれていますね、さて、まだ一様の御心は決まらないご様子…ならばもう一本、打ってしまいましょうか?それでは全様、腕をお出し下さい。」 注射針が俺の腕に刺さる直前、一の声が沖の動きを止めた。 「全を!全を助けて…くれ…頼む…」 唇からは血が流れ、顔は蒼白の一の言葉に御意と言って沖が注射器をテーブルに置くと、失礼しますと言って、俺の腰を掴んでそのまま一気に奥まで自身を押し入れた。 「はぁああああああっ!」 「さて、全様…ここからは私とあなたの話。私にどうして欲しいですか?」 にやっと笑った沖の顔を見て、一が絶叫する。 「やめろーーー!全、聞くな、言うな!やめてくれーーーーーーー!」 だが、俺にその声は届かず、沖に揺さぶられながら、懇願していた。 「噛んで!うなじ噛んで!もっと俺を気持ち良くしてぇ!」 「仰せのままに…ふふ、これで全様も私のモノ…」 沖が耳元で囁き、そのまま俺のうなじに歯を立てると、治りかけの傷跡の上に新しい歯形を付けた。 「やめろーーーーーーーーーっ!!」 一の悲痛な声が響く部屋の中で、俺は沖にようやく拘束を外されて、溜まりに溜まった熱を吐き出しながら、うなじを噛まれた痛みに幸福を感じつつ意識を手放した。

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