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第54話

「やめろ!やめてくれ!!」 「静かにされて下さい、一様…これをまた打たれたいんですか?」 「沖!頼む!!もうあいつらの所に行くのは嫌だ!!」 突然、廊下に響き渡る大声に目が覚めた。 久しぶりに聞く一の声は、何だか弱々しくて掠れていて、少し嗚咽が混じっていた。 一が泣いてる? 急に恐怖が俺を襲い、体が震えて止まらない。それと同時に起こった腹痛に悲鳴が口から突いて出た。 「っあああああああーーーーーーー!」 バタバタと廊下を走る靴音が聞こえ、バタンと壊れそうな勢いで扉が開く。 沖の顔を想像していた俺の前に現れたのは息を切らして今にも倒れそうな真っ青な顔をした一だった。 「大丈夫か?全、大丈夫か?」 フラフラと今にも倒れそうな体でベッドに近付くと、そのまま倒れ込んで床に座り込み俺を見上げた。 「俺が守るから…お前も子供達も…」 そう言って震える手で俺の腹を撫でて弱々しく微笑んだ。 俺は痛みと訳のわからない恐怖に涙を流し、助けてとうわごとのように呟き続けるが、それを助けてくれるはずの沖は扉の前で何かを準備していて、なかなか部屋の中に入って来ない。 「沖!全を助けてくれ!なぁ、助けてくれよ、沖!」 必死に哀願する一、それに応えるように沖がようやく部屋の中にゆっくりと足を踏み入れた。ベッドに近付きながら一に見せつけるように上げた手には注射器。 「沖!お前っ!」 「何をされているのですか?一様はお仕事の時間でしょう?皆様、一様をお待ちになっていらっしゃるんですよ?どうしても仕事をしていただけないなら、仕方ないですね…全様を代わりに…」 「沖っ!!…分かったから、行く…から…言う事をきくから…だから全を…助けて…下さい…」 絞り出すように言った一が俺に向かって微笑むと、ベッドの端に手をついて立ち上がろうとしたが、ふらっと体が揺れて再び倒れそうになる。その腕を沖が掴み上げ、注射針を刺した。 「沖っ!!俺、行くって言ったんだ!何で…打つ…んだ…よ…」 沖が手を離すと一の体が床に崩れ落ち、荒い息をしながら、みるみるうちに真っ赤になっていく顔を上げて、沖をキッと睨み付けた。 「連れて行きなさい。」 沖が外に向かって声をかけると、数人の男が部屋に入ってきた。その全員が顔を覆う覆面をつけ、まるで生贄のように一の体を抱え上げて部屋から連れ出して行った。 「さて、全様。おめでとうございます。ようやくそのお腹に宿したお子様達との対面の時が来たようですね…一瞬の…」 最後の言葉は呟くように言うと、にこっと微笑んで俺の腹に手を置いた。 「一は…?」 「一様は大事なお仕事中ですので、番である私があなたに付き添います…とは言っても医者も私ですので、付き添うも何もありませんね…さぁ、全様もお眠り下さい。起きた時には全てが終わっていますよ…そう、全てが…」 沖の言葉に不安を覚えたが、打たれた注射で再び落ちていく闇の底。泣く子供の声。俺に助けを求めるように、それは一になり再び子供達に変わり、一の手を振り払ったつもりが子供達を谷底に突き落とし、それを笑いながらあの柱の上で沖が眺めていた。 「これがお前の選んだ道…お前が選択した未来…さて、お前はあの時、どちらを選択したんだ?」 まるで沖とは別人のような声が俺に尋ねる。 俺が選んだのは…選んだのは… 歩き続ける道の果て…見えぬ先を見つめて歩き続ける。 いつか思い出すのだろうか?俺が誰を選んだのか… 子供達の泣き声が遠くに去っていく…俺の子供…俺と沢の…俺と一の…俺達の子供… 伸ばした手は一に俺がしたように、振り払われ、二人は沖に抱かれて去って行った。 俺の子供!返して!! 俺の…っ!!! 渦の中に身体も心も意識も溶けて、俺は跡形もなく消え去った。

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