55 / 106

第55話

次に目を覚ました時、俺の腹の中はすでに空っぽで、今まであったものがなくなった物足りなさを感じていた。 それでもようやく俺は子供達に会えるんだと、産みたくないと言っていてもやはり自分の子、どんな顔なんだろうとかそこはやっぱり好奇心があった。 「どちらに似ているんだろう?」 自分への問いかけに、思いもかけず答えが返ってきた。 「二人共、可愛かったよ…」 自分だけしかいないと思っていた部屋。答えが返ってきたことにも驚いたが、それが先ほど俺の部屋から連れ出されて行った一の声だと言う事実が、輪をかけて俺を驚かせた。 「一っ!?」 起き上がるとすぐそばに一の顔があって、一瞬二人の時間が止まった。 しかし、すぐに一が顔を背けながら俺をベッドに横にした。 そこで初めて、俺は自分が全く拘束されていないことに気がついた。 「あれ?俺、拘束されて…ない?」 手を顔の前で動かし、足を上げてぷらぷらと動かしてみる。 何の制限も受けていない体は久しぶりで、まるで子供のように体を動かす俺の足にそっと手を置いて、一がゆっくりとベッドに下ろした。 「全、聞いてくれ…」 一の口から苦しそうに言葉が溢れてくる。 しかし俺には全く意味が分からず、理解できない。 ただ涙が溢れ出て、じっと一の顔を見つめていた。 「全?聞いているのか?全?」 ようやく理解できる言葉が聞こえてきて、それと同時に止まっていた頭も動き出す。 「え?俺、何で泣いてるんだろう?なぁ、一?子供達…あれ?涙…あれ?何でこんなに、涙が出てくる…?」 止まらない涙を懸命に拭う俺を見ていた一が俺を抱き寄せて叫んだ。 「やめろ!やめてくれよ!全…ごめんな…俺が守るって言ったのに…お前も子供達も守るって…なのに…俺…守れなくて、ごめんな…全。」 そう言って、俺を強く抱きしめる一。 だが俺には何で謝られているのか分からず、流れ出る涙をそのままに一に尋ねた。 「なぁ、子供は?子供達はどこ?」 一が俺の体を自分から離してじっと俺を見つめる。 そしてゆっくりと息を吐いて吸うと、小さな子供に言い聞かせるように話し出した。 「全、聞きたくない気持ちはわかる。だけどどうか聞いてくれ。俺とお前の、そして沢との子供達は…だんだ。」 「子供達がどうしたって?一、そこだけ聞こえないんだ。もっと大きな声で言ってくれ。」 「まったく、全様にも困ったものですね…きちんと聞こえているから身体が反応して涙が流れている。そんなこともお分かりにはならないのですか?」 一の身体がビクッと跳ね、俺の体を守るように再び抱きしめた。 「やめろっ!お前が…お前が俺たちの子供を…殺したんだ!」 はっきりと聞こえたその言葉に心臓がどくんと大きく跳ねて、俺は息苦しさと眩暈に襲われて一の体から突っぱねるようにして離れると、俯いたままで呼吸を整えようと何度も深呼吸を繰り返した。 「…そだろう?なぁ、殺したって…嘘だよな?!」 何とか少し息が整い、そのままの姿勢で二人に尋ねる。 「殺したと言うのは語弊がありますよ…死んでいた…そう、お二人共、全様のお腹の中から出した時には呼吸をしておりませんでした。」 「嘘だ!俺は聞いた。二人の子供の泣き声を!元気に俺を呼ぶ泣き声を聞いたんだ!」 「全…少し横になれ…」 一の手が俺を押し倒すようにベッドに俺を寝かせる。 しかし、その手を沖が掴んで放られた一は扉にぶつかって床に突っ伏し、唸り声を上げた。 「一っ!」 「あぁ、すいません。でも一様、全様は私の番。私のモノです。それに勝手に触るのはいくら主人といえど…」 「一だって、お前の番だろう?何でこんなひどい事をできるんだ!?」 「全、いいんだ…」 一がフラフラと体を揺らしながら床に手をついて、体を扉に寄りかからせて座った。 沖がそれを見てふっとイヤな笑いを見せ、俺ははっと先程のことを思い出した。 「なぁ、一は何の仕事しているんだ?」 「え?」 一の顔が蒼白になり、沖が吹き出して大声で笑い出した。 「全様、今この状況でそれを聞かれるんですか?一様…いかがいたします?αではなくなったあなたが、全様の為にしているお仕事…お話になりますか?」 「やめろ!全、頼むからそれは聞かないでくれ…俺はこうやって沖の番となってしまったけれど、それでも俺はお前だけを愛おしく大事に想っている…だから俺はどんな事をしてもお前を辛い目には合わせない。どんな事をしてもお前のこの暮らしを守る。」 一の言葉に聞いてはいけないと言う危険を知らせるブザーが頭の中で鳴り響くが、沖はそれを無視して、笑い話のように俺に耳打ちした。 「一様はご自分の体をお金に変えているんですよ…そう、売春が一様のお仕事です。」 「やめろーーーー!」 一が沖に向かって突進してくるがふらふらの体では沖の脅威にはならず、その腹に沖の足が食い込み、そのまま再び扉にバンと音を立ててぶつかった一はそのまま床に倒れた。 ピクとも動かない一…しかし俺はそれよりも沖の言葉の衝撃にまだ頭も体も動かず、じっと空を見つめ続けていた。 「さて、全様。一様のお仕事もわかり、この家が金銭面では安泰だと言うことも理解されたと思いますので…私との子供を作りましょうか?」 「え?子供?」 「そうですよ。悲しい結果となってしまったお子様達の代わりに、私との子供を作り、その悲しみを忘れましょう…今からヒートにしてしまえば子作りはできますからね…そうすれば私の子を体内に感じ、幸せな日々を過ごすことができる…そうしましょう。今から子供を作りますよ…いいですね?」 いやとは言わせない沖の迫力に、俺は頷いて沖の伸ばした手に自分の手を重ね、腕に打たれた注射の針から流れ拡散していく液体に身を任せた。 遠くで一の喚く声が聞こえるが、揺さぶられた身体から段々と湧き起こってくる快楽を感じた俺の喘ぎ声にかき消され、一は扉に顔をつけて耳を塞ぎ悔し涙を流していた。しばらくして時間ですよと沖が言うと、扉が開いてあの覆面の男達が現れた。腕を掴まれて立ち上がらされた一が俺をじっと見つめて悲しそうに首を振ると、分かったとつぶやいて腕を振り払い、自分で歩くと言って覆面の男達に挟まれたまま足取り重く部屋を出て行った。 「全様、一様もお仕事を頑張っていらっしゃいます。全様も私を受け入れ、その身体にこの家の後継者たる私との子供を身篭りましょうね。」 沖の高笑いの響く部屋の中で俺は何もかもを整理できぬまま、ただ番に愛される喜びを感じて腰を振って沖を受け入れ続けた。 しかし、子供の泣き声はいつまでたっても聞こえず、このヒート中に沖の子供を身籠ることはとうとうなかった。

ともだちにシェアしよう!