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第61話
「違う…俺は妊娠なんかしていない!子供の泣き声も聞こえなかった!本当だよ!嘘なんかついていない!」
必死な声で沖に言い続ける俺に、沖はため息をついて言った。
「そうやって言えば言うほど嘘なんだと、妊娠しているんだなと私に確信させるとは思わないのですか?」
言われて、これが二度目の失敗だということに気が付いた。
そう、一度目は一が父さんに俺がΩだと言った時…あの時も焦った俺は必死に検査をしないで欲しいと、俺はαだと言い続けた。だがそれこそが父さんに俺がΩだという疑念を持たせたんだ。そして今も…
「俺は…守りたいんだ。今度こそはこの腹の子を守りたい!一の子だとしても、俺はこの子を産みたい!頼むよ…。」
自然と溢れる涙。頬をつたいシーツを濡らしていく。それをじっと見つめていた沖の手がそっと涙を拭って言った。
「もう、遅いです…それと、考え違いをしてはいけませんね。あなたが産むのは一様との子ではない。私との子です。実験として成功したことがわかれば、その腹の子に用はありません…いえ、むしろ邪魔なだけ。そう、私という雄があなたを気に入り、その腹に自分の子を宿させるのに邪魔な他の雄の子を私が見逃すわけがないでしょ?とっくにあなたの点滴には子を流す薬が入れてあったのですよ。」
言われて、腹に意識を向ける。確かに先ほどまで感じていたあたたかさがなくなり、穴が開いたように空っぽの腹。
「なんで?子供ができただけで成功したから流すって…そんなの、酷すぎる!いくらΩだって俺は人間だ!実験動物じゃないんだ!この腹に宿したのは命だ!それを、こんな簡単に…酷すぎるよ!」
俺の悲痛な叫びを沖は俯いたままで聞いていた。俺が口をつぐんだ後も、じっとそのまま動かず、俯いたままだった。
重苦しい、空気すらも動かない部屋で、じっと俯いていた沖の顔がようやくゆっくりと上がって俺と目を合わせた。
「っ!」
そのあまりの形相に俺は悲鳴すらも飲み込んだ。
「…あなたが言いたかった事はもう十分に言われましたか?ならば私も言わせていただきます。」
見開いた目は怖さのあまり沖から視線を逸らせず、無意識に震え出した身体を沖の手がガシッと掴むと、顔を近付けて俺に話し出した。
「あなたはΩです。いいですか?あなたは私という番のいるΩなんです。私に庇護され、飼われている身分なのです。お分かりですか?そのαの為にΩが出来る唯一のことはなんですか?そう、αの子をその腹に宿し産む事です。でもね全様、それは女性にもできる事ですよね?しかも女性はこのようにαの庇護を受けなくても暮らしていけます。ならばΩとは何なのでしょうか?分かりますか?私の言いたい事が?」
沖の迫力と段々と大きくなっていく声。そしてその内容に俺はショックと恐怖を感じ、ただじっと聞き続けている事しかできなかった。
「お分かりですか?私達のようなαはその知能、才能全てにおいてこの国を、世界を導くリーダーとなれる能力を生まれながらに持った特別な人類です。私達αによって、科学も文明も政治も経済も成長しています。そして、β。この方達は私達αを敬い、私達αの為にその身を削って働き、世界をαの理想の世界に作り上げていく大事な労働力です…しかし、Ωは…お分かりですよね?ヒートというαを惑わす匂いを撒き散らし、セックスを強要する。そして子をその腹に宿す。それだけしかできないあなた方Ωを実験動物と一緒にするなど…実験動物がかわいそうですよ。」
はぁと大きなため息をつくと沖は俺の腹に手を当てた。
「いいですか?私の番であるあなたが他の男の子供を産んだなどと知られてみなさい。あの場にいた全ての客が私をかわいそうなものを見るような目で、αからΩになったような男に番を目の前で犯された挙句に妊娠までされた男という目で見るのですよ。そんな事、私のプライドが許すはずがないでしょう?」
「…めんな…さい。ごめ…なさい…」
沖の迫力に俺はただただ訳もわからず涙を流して謝罪を繰り返していた。
「あぁ、しかしあなたは実験動物ではないですよ…全様。あなたがいなければ一様はあのようなことをしてはいないでしょう。そう、あなたの為だと一様は言葉通りその身を投げ出してあなたを守り養っている。そう考えたらこの家であなたは一様を働かせるための道具として立派に機能していらっしゃる。実験動物以下だと言ったのは私の間違えですね…申し訳ありませんでした。――さて、それではそろそろもう一つの…こちらこそがΩとしてのあるべき姿…αの、私の子をその腹に宿してもらいます。今回、もしできなければ…いえ、それはできなかった時のお楽しみにしましょう…さて、その流れている涙を快感の涙に変えて差し上げますよ。全様、あなたは私のモノ…私の番…そう一生私のモノとして生き続けるのです。」
もう、俺は俺として生きる事はできないんだ…俺はΩとして番の子供を産む…それだけがΩの存在理由。俺は心を殺して、ただのΩとして生きていくしかないんだ…
頬を伝う涙を沖の舌が舐める。
「そう、あなたはΩ。その全てをαの支配下に置かれて飼われる存在…ふふふ…ははは!」
高笑いと共に沖の身体が俺に覆い被さり、閉じた俺の唇を舌で舐めた。
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