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第64話
廊下から人々の忙しない足音が聞こえてくる。俺はその足音に混じる囁くような人の声の断片を拾い集めるように耳をそば立てて、何とか一がどうなったのか、生きているのかあるいは…考えたくもないが、死んだのか…ともかく何らかの新しい情報を得ようとした。
だがいくら男達の話すボソボソとした話し声に耳を集中させても命令された事や指示された事が飛び交っているだけで、それらをいくらかき集めてもなかなか欲しい情報は得られず、時間が過ぎるにしたがい足音も減り、廊下にはいつもの静けさが戻って来ていた。
「一は大丈夫…だよな。」
普段通りの静けさに何故か恐怖を感じ、身体の内に存在している一を何度も確認しては、先ほどの男に言われた事を思い出す。
そうだ、俺のこの内に存在を感じている限り、誰が何と言おうと一は生きている。
ぐっと握った拳が震えた。
ほんの少しでも気を抜けば、身体中が同じように恐怖で震えそうになる。
そして時間が経てば経つほど、今までははっきりと一だと感じていた存在が脆く儚くなっていき、俺はそれを再び強固にしようと男に言われた事を何度も何度も頭で繰り返した。
それでもいつの間にか恐怖は静かに俺の内に入り込み、一が存在していると言う俺の確信を内側から少しずつ削り落として、空洞となったそれは突如ガラガラと崩れて瓦礫の山となる。
俺はそれを何とか元通りにしようとするが、すぐに崩れて再び瓦礫の山となった。
そうして何度も何度もそれを繰り返した心は段々と恐怖に飲み込まれ、俺はそれに引っ張られるように負の連鎖の中へと堕とされていく。
やはりこの感覚自体、一に生きていて欲しいと願う俺の思い込みなんじゃないだろうか?
本当はもうとっくに一はこの世界にいなくて、それでも俺はその事実を認めたくなくて、こうやって一の存在を感じているように思おうとしているだけじゃないんだろうか?
誰かに聞きたい!誰かに一は死んではいないと言ってもらいたい。
だけどもし…もしも、一は死んだと言われたら…俺はそれでも一の存在をこの身の内に感じて生きているはずだと思おうとするのだろうか?
それとも、その言葉を受け入れて、一の存在をこの身の内から消し去ろうとするのだろうか?
分からない。
あの男の人は真実が俺には分かるはずだと言った。
何故だろう?
何であの人はそんなことを言ったんだろう?
俺と一が双子だから?
でも、俺達は一卵性の双子ではない。
ただ、時を同じくして命が芽生えた…そう、まるで奇跡のように。
だから一は俺達を運命だと言った。
だけどそれだけだ。
それだけのはずなのに…
それでも俺達にはお互いの気持ちが手に取るように分かる時がある。
相手の痛みや苦しみが、波のように襲ってくる時がある。
そして相手の存在を身体の内に感じる事ができる。
そして一も俺の存在を感じている事が俺には分かる。
俺を必死で、その存在を手繰り寄せようと必死に手を伸ばして俺を掴もうとしている。
それでも、これが本当にそうなのか…今まではそうだと思っていた。
だけど今は、一が死ぬかも…いや、死んでいるかもしれないと言うこの今、俺は自分の身体の内に感じている一が本当に一なのか、もしかしたら俺が生きていて欲しいと願って作り上げただけの想像の産物なのではないだろうか?
分からない。分からないんだ…俺が感じていたのは何なのか…もう、分からないんだよ…
一、お前は一体どこにいる?
一…答えてくれ…応えてくれ…一…
伸ばした手は空をかくだけで、掴むモノも握り返してくれるモノもなく、俺は絶望を感じて確信だった瓦礫の欠片を抱きしめ、いつの間にか眠りについていた。
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