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第72話

次の日、昨夜のことは何もなかった風を装って沢と朝食をとりながら、話をするタイミングを伺っていた。昨夜一晩、寝ずに考えに考え抜いた事を実行する為、卿に話をする必要があった。それで沢に連絡をとってもらうよう話をしたいのだが、やはりさすがにいつも通りとはいかない。二人とも必要最低限のことしか喋らず気まずい時間が過ぎて行き、俺はともかく味も素っ気もない朝食を口に運び続けた。 なんとか皿を空にすると、沢がささっとテーブルの上を片付けていく。 ようやくこの重苦しい時間が終わった事にほっとするが、それはもうこれ以上黙っていたら話すタイミングを逸してしまうと言う事で、俺は自分を奮い立たせると意を決して口を開いた。 「あ、あのさ…卿を呼んで欲しいんだ…話を、したい。」 俺の言葉を聞いた沢の片付けていた食器がかちゃかちゃと細かく鳴る。 いつもだったらこんな音は絶対にさせない沢の手が震えているのが見てとれた。 「何を…お話になりたいんですか?」 それでもなんとか冷静を装って答えるが、そこに含まれる微弱な焦り。 「卿に話をしたいんだ、直接。」 じっと俺を見つめて話の先を促そうとするが、俺がいくら待ってもそれ以上の説明をしないと理解した沢が、がっかりしたように分かりましたと答え、一礼して食器の乗ったワゴンと共に部屋を出て行った。 はぁと大きなため息が出る。沢に話すだけでこんなに緊張するのに、俺は卿に話をできるだろうか?再び大きなため息が無意識に出た。 それでも…と、顔を上げる。 それでも、もう時間はない。 あいつとの事で俺はもう後悔したくない。 ベッドで静かに寝ている顔を思い出し、ぶんぶんと頭を振った。 俺に力を貸してくれ。 うまくやれるように… 身支度を整えてベッドの置いてある部屋に向かう。 廊下を過ぎ去る使用人が俺に会釈して挨拶をするが、いつもよりもその動きは忙しない。 きっと卿が来る事になったのだろう。 それが答えのように、廊下の向こうから沢が俺に向かって足早に歩いてくる。 「全…様。」 呼ばれても足は止めず、沢がその場で一瞬止まって俺が過ぎるの待つと、後ろから付き従って歩く。 「卿が来るんだろう?」 「はい。あと1時間余りでこちらに着くとの事です。それで…」 沢が俺が何を言うのかを必死に読み取ろうとしているのが分かるが、俺は冷たいと思うほどに冷静に分かったと言うと、ベッドの部屋の前で立ち止まった。 「卿をここに連れて来てくれ…いいな、沢。」 「…分かりました。」 俺からはこれ以上何も話を聞けないと再び理解した沢が、一礼して廊下を歩き去って行く。 その後ろ姿にカッと怒りが湧いて来て、小さくなっていく背中に向かって呟いた。 「馬鹿野郎…馬鹿…」 じわっと視界が歪むのが落ち着くのを待ってからそっと扉を開ける。 陽の光がレースのカーテン越しに優しく満たす部屋の中に入るとベッドに近付き、変わらずに静かな寝息を立てている顔に触れた。 そしてゆっくりと顔から首に動かして巻かれている包帯に触れる。 「いいよな…いいんだよな、これで…きっと。」 手を離してぎゅっと胸の前で握ると、いつものようにベッドのそばの椅子に座りじっとその顔を見つめた。 「約束…果たすからな。」 毛布から出ている手を握り、ずっとその顔を眺めながら時間が過ぎ去るのを待っていた。 どれ位そうしていただろうか。 静かに鳴るノックの音にハッと気が付き、どうぞと答えると失礼しますと沢がゆっくりと扉を開け、その後ろから卿が軽い会釈と共に入って来た。 ゴクリと鳴る喉。 握っていた手から勇気をもらうように、力を込めた。

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