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第75話
「んんっ…」
少し落ち着いた体を起こしてベッドから下りようとすると、一の身支度を終わらせた沢にいきなり両手で抱き上げられた。
「おい!何を…おい!」
そのままソファに寝かされ、起き上がる間も無く跨られた。
「冗談は…」
沢の胸を手で押しのけようとしたが、反対にその手を掴まれて頭の上で両手ともソファに押し付けられ、身動きが取れない。
それでも身を捩ってやめろと喚いてはみたものの沢の手が緩む事はなく、先ほど脱がされた服を破られて手首を縛られた。
「おい!いい加減に…っん!やめ…んんっ!」
顎を掴まれ唇が合う。そのまま舌が俺の口の中に入って、いいように舐られた。
「やぁっ!…めろ!やめろってばっ!」
ガリっという音と共に、口の中に広がる錆び臭さ。
「チッ!」
舌打ちをした沢が俺から離れて、舌を拭った。
「あ…ごめん…」
赤い雫が床に垂れる。
俺を睨む沢の目から逃れるよに横を向くが、再び顎を掴まれ、無理矢理に顔を真正面に向けさせられた。
「これ…」
舌を見せられ、血が滲んでいるのがわかる。
「ごめん…でも、いきなりキス…するから、驚いて…」
「私もあなたを抱きますと宣言しましたよね?」
「そう…だっけ?」
思い出そうとする俺の唇を再び奪い、舌が絡まる。
「あ…まっ…んんっ!やだ…ずる…い…っもちいい…の、ずるい…んっ!」
俺の言葉に、沢が意地悪そうに笑い、手を動かし出した。
「だめだ…って!いや…ぁああっ!…ぁああっ!んっ!あ…はぁああっ!」
「本当に嫌ですか?それなら…やめますよ。」
ずるい言葉だ。
こんな状態でやめろなんて絶対に言わないって、余裕のある顔にカチンと来た。
「嫌だ!」
「え?!」
「言っただろう?嫌だ!」
俺の言葉に沢の手が止まる。
確かにこの状態でやめられるのは本当に辛い…でも、何もかも自分の思い通りにいかないΩの俺ができる、ほんの少しの反抗をしたくなった。それに…
「やめろよ。俺は嫌だって言ったんだ。」
沢の体がゆっくりと離れる。沢から発せられていた熱によって出ていた汗もすーっと引いていく。
ブルっと体が寒さに震えるが、沢はそんな俺を立ち上がったままでじっと見下ろすだけ。
意地悪しすぎたかな?
でも、ようやくあいつと番になったのに、そのすぐ後に別の男に抱かれるなんて、そんなの嫌だ!
Ωに取って番になるって言うのは一生に一度の相手を選ぶ事。
俺は色々あって、今夜のことも入れるなら三人目だけれど、それでもやはり特別なことなんだ。
「Ωが番を選ぶって…いくらでも替えのきくαとは違って、一生に一度と言ってもいいことだ…普通ならαに番を解消されたΩの行く末は…悲惨なものが大半だって事くらい、お前も知っているだろう?今夜の事はそう言うのとは違うって言っても…それでもな、どんなにこれがこの家の中でだけの番契約だとしても、考えに考え抜いて番になるって決めた事なんだ。俺はこの家であいつがこの世界にいる限り、あいつの、あいつだけの番なんだ!だから…俺はお前とはしないって決めたんだ。」
俺の話をじっと聞いていた沢がわかりましたと言うと、俺に近付いてきた。
瞬間、縛られた腕を上げて身を守ろうとしたが、沢は俺の腕を縛っていた服の切れ端を解くと、自分の身支度をして扉に向かう。
「沢!?」
「あなたの服を持ってきます。」
背中を向けたままで答えると、沢はそのまま部屋を出て行った。
「俺だって…ツラい…んだ…んっ!」
ソファに座って、裸のままの体を抱きしめる。
「イヤだ…こんな状態で…なんて、イヤだ…本当は抱いて…欲しかった…でも、それじゃあ…ようやく番に…なれた…のに…あいつに…悪い…から…だから…ごめん…っち…」
寒さなのか、一人になった寂しさからなのか、先程よりも体が震える。
「寒い…寒…い…」
視線の端にベッドが見えた。
でも…
一瞬の迷いはガクガクと震える体がどこかへ放り投げ、俺はソファから立ち上がると、今さっき番となった男が静かに眠るベッドに向かい、その中におずおずと潜り込んだ。
「あったかい…生きているんだもんな…あったかいよ…俺の番。」
ぴたっと体を密着させて、鼓動を聞き、体温を感じながら、俺はまるで包まれるような眠りに落ちていった。
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