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第78話

俺が主人となり開いた初めての宴は大成功に終わり、夜中になってもその騒ぎは続いていた。 「そろそろ…」 客の挨拶を受け、ようやく落ち着いた俺に沢がこそっと耳打ちする。 「…あ、あぁ。」 無意識にうなじに手を伸ばした。 それを見た父がパンパンと手を叩き、皆の注目を集める。 「さて、皆様。ここらで新当主は大事な儀式に向かいます。沢、息子を頼んだぞ。」 客達はおお!と歓声を上げて俺と沢に祝福の声をかけてくれた。 「私の全てで全様を支えお守り致します。」 沢の言葉に客達は一層盛り上がり、俺と沢は父に促されて客達に挨拶をしながら扉に向かった。扉の前で一礼し、顔を上げる。少し遠くに見える父の顔。瞬間、我慢できずに駆け寄ってその胸に顔を埋めていた。 「おい、どうしたんだ?まるで幼子のように…おまえが飛び込むのはここではないだろう?ん?」 父の言葉にこくんと頷く。そっと肩に手が置かれ、振り向くと沢が俺に微笑みかけていた。 「父さん、愛しています。今までありがとうございました。」 俺は両親に向かってあの時言えなかった言葉を言うと、沢に支えられながら歩き出した。 「おまえは、私達の自慢の息子だよ。私達もお前を愛しているよ、全。」 振り向いて、はいと頷き俺達は扉の前で一礼すると、部屋を出た。 廊下は使用人が忙しそうに走り回り、それでも俺達を見ると一瞬足を止めておめでとうございますと頭を下げてくれた。 ありがとうと言いながら廊下を歩く俺と沢。 部屋に近付くにつれ、鼓動が早くなり段々と二人の間の空気が重くなっていく。 何か話した方がいいのかと思案している間に部屋が見えて来て、俺の足が少し遅くなった。 「あの…」 突然、沢が口を開き、それに驚いた俺の足が完全に止まる。 「何だ?」 そんな俺の腰に沢が腕を回して歩くように促した。されるがまま足を動かす俺に沢が話を続ける。 「一、とはどなたの事ですか?」 「え?」 「全様のご友人関係、お仕事関係、その他の諸々の方々の中にもそう言うお名前の方はおられません。一、とは、どなたの事ですか?」 いつの間にか部屋の扉の前についていた俺のために、沢がスッと扉を開けて俺を部屋の中に入れる、といきなりその扉を勢いよく閉めて、俺を扉に押し付けると手のひらでどんと扉を叩きつけて顔を近付けてきた。 「な…に…?」 いつもは優しく穏やかな沢とは似ても似つかない気迫に圧倒されて、俺の体がブルっと震えた。 「一とはどなたなのですか?私の知らない一とは、全様にとってどういう方なのですか?」 「それは…」 一の存在しないこの世界では答えようもなく、下を向く俺に沢がもう片方の手もバンと扉に打ち付け、俺はビクっと顔を上げた。 「私に知られては困るような…そういう方なのですか?あなたの心の奥深くに潜む秘する方なのですか?」 「あ…」 言われた言葉に俺は何とも答えられず声を詰まらせたがそれがまずかった。 「私以外に…そういう方がいらっしゃるのですか?」 ギラっと俺を見据える獣のような目に体は動かず、膝がガクガクと震える。 「違う…一は確かに俺にとって大事なやつだが、ここにはいないんだ。だから、この世界では俺にとってお前だけが唯一の存在。沢、早く俺をお前の番にしてくれ!」 時間は刻々と過ぎていく。 未練だけは残したくなかった。 「それで…」 「え?!」 「そんな言葉で私に分かれと?この世界にいない?ではどこであなたは一に会われたのですか?あなたが私以外の誰かにその心を占領されていると分かっていて私に番になれと仰られるのですか?」 「違うっ!一はここにはいないんだ!!だからここでの俺の心はお前だけのものだ!それじゃあ、ダメか?」 少しあざといなと思いながらも下から覗くように沢を見る。 「ーーーーっ!なんて目で見るんですか?!」 沢の目がいつものそれに戻る。 「俺、今のお前が怖くて膝が震えてるんだけどさ…この膝の震え、お前にベッドに連れて行ってもらう口実になるかな?」 沢が大きくはあと息を吐くと、おもむろにがばっと両手で俺を抱き上げた。 「今夜はあなたに騙されて差し上げます…私も限界ですし。」 沢の首に腕を回してぎゅっと抱きしめる。 「どうされましたか?」 ううんと首を振って、沢の肩に顔を埋めた。 「愛してる…この世界でも…愛してるよ、沢。」 「何か言われましたか?」 俺をベッドに静かに下ろしながら沢が聞くが黙って首を振り、手を伸ばす。 「今夜は積極的なのですね?」 「嫌か?」 「いいえ。でも、ここからは私に任せていただけますか?」 「いつだって、ベッドの上ではお前が上だろう?」 俺の言葉に沢が一瞬目を見開き、ふふっと笑って俺をゆっくりと押し倒していく。 「今夜はあなたを全て私のモノにしてよろしいですか?」 「あぁ、今夜はお前の好きに俺を抱け。αとしての支配力を見せてみろ!」 沢の目がぎらっと光り、くすっと笑いながら口端を上げた。 「仰せのままに…全様、愛しています。」 「あぁ、俺も愛しているよ、沢。」 近付く沢の顔。白く光る歯。 俺はこの世界で沢と番になるんだ… 手が沢の顔を掴み、引き寄せた。

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