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第80話
ふと目が覚めた。窓の外に見える薄明かり。
「あぁ…分かってるよ。」
誰に言うでもなく呟いた。
隣で俺を抱きしめて眠る沢を起こさぬように、静かにベッドから下りると服を着る。
「どこへ行かれるのですか?」
ピクッとと眉が上がるが、冷静なふりをして着替え続けた。
「分かっているんだろう?」
「そうですね…ええ。」
沢がベッドを下りようと体を起こすが、俺はそれを首を振って止めた。
「来るな…頼むから来ないでくれ…」
「あなたは私に支配しろと言った…」
「それはベッドの上でだけだ…だからそこにいてくれ。ベッドから下りた俺の言うことを聞いてくれ。」
俯いて沢に願う。
「狡い方ですね。」
「分かってる…でも、ここでずっとお前といるわけにはいかないんだ。俺のいるべき所に帰らなければ…」
「ならば何故、涙を流すのですか?未練は心を残し、あなたはここに囚われる…」
「だからお前が起きる前に、こうならないうちに帰ろうとした…のに…」
涙がぽたぽたと床を濡らしていく。
「全様…」
「ここは俺の理想だ。Ωの俺を受け入れてくれる優しい両親。俺をどこまでも甘やかしてくれる番のお前。優しくて暖かくて…未練がなくなんて無理に決まってる!」
「だったら、このままここで私の番として…」
沢の言葉を止めるように声を出した。
「でも、いないんだ!ここには…ここにはいないんだ…だから俺は帰らなくちゃいけない。帰ってきちんと全てを…」
ギシっとなるベッドの音に顔を上げる。
目の前に沢が立っていて、俺を抱きしめた。
「分かっています…私がもうあなたを守れないことも愛せないことも…でもほんのひと時、こうやってあなたと夢のような…あぁ、夢でしたね。」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
「この時間を、あなたを番にできたこと、それだけで私は満足しています。全様、あなたはまだ先の長い人生をお過ごしになられます。私にはそれをおそばで見守りお助けすることはできません。それでも、忘れないでください。遠くからあなたを見守っている存在があると言うことを…あなたを愛していた私と言う存在を忘れないで下さい…」
我慢できずに沢をぎゅっと抱きしめ、最後の口づけを交わした。
「忘れない。忘れないよ。このキスもこの噛まれた時の痛みも、そしてお前との幸せな時間も…全て俺の愛しい思い出…沢、愛していたよ…」
「はい…さあ、私が我慢できる内に扉から出て行って下さい。全様…私の運命の番…」
沢の言葉に背中を向けたままで頷くと、扉のノブに手をかけた。
振り向くな!
振り向くな!!
自分に言い聞かせながらぐっと顔を上げてノブを回した。
「…っん様!!」
追ってくる声を遮断するように俺は扉を閉めた。
「ありがとう、沢。ありがとう…」
ふっと目の前が暗くなり、フワッと身体が浮く。俺は揺れる揺籠に横たわり、そのまま意識が遠のいていった。
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