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第81話

ブルっと冷たさに身体が震え、目が覚めた。隣から酸素を送る機械音が聞こえてきて、自分があの世界から戻って来た事を知る。 「おはよう…」 横を向き、隣で静かに横たわり寝ている顔に触れかけて、一瞬手を止めた。 「もう、いらないな…お前の顔をきちんと見せてくれ。」 起き上がって付けられているマスクをそっと外して、枕の横に置くと顔を近付けて唇を合わせた。 ツーっと涙が頬を伝い落ちる。 「愛していたよ…愛してた…沢…ありがとう。」 じっと顔を見つめてうなじに手を当てる。昨夜の歯の感触を思い出し、涙がとめどもなくあふれ出してきた。 「未練なんかなくならないわけがない。心も身体もあのままあの世界でお前と共にいたかった。俺も一緒に連れていって欲しかった!…でも、俺には産まなきゃいけない子供がいる…それに…俺を待っている奴がいる…ごめんな。一緒にいてやれなくて…いけなくて…。でも、忘れないでくれ。俺がお前と愛し合った日々を…俺も忘れない、絶対に忘れないから!愛してる…愛してるよ…俺…ずっとずっとお前を愛してる。この先、誰と番になっても、お前だけが俺の運命の番だ。違うと言われても、俺はそう信じてる!だから…ごめんな…俺を、俺達を許してくれ!」 シーツにシミができるほどに泣いて謝って、そしてようやく落ち着き、ベッドから下りて昨夜置かれて行ったと思われる服に着替える。身支度をしていると、扉の向こうから聞き覚えのないがなり声とそれに対応する掠れ声が聞こえてきた。 「だから、これは殺人事件なんですよ!いいですか?どんなにお偉かろうと、人には平等公平な法ってもんがあんだ!さっさと一とか言う主人に会わせろ!!」 「今は主人には会えないんです!おやめ下さい!!」 もう少し静かに話せないのか?と呆れながら扉に向かい、ノブに手をかけてベッドを振り返った。 「最後にもう一仕事…俺達の為に頼むな。」 ベッドから仕方ないですねと声が聞こえた気がした。 ふふっと笑うと、口を引き締め表情を固くして扉を開けた。

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