84 / 106

第84話

その日の夕方、数人の男達がベッドに横たわる一を連れに来た。 「少し待ってもらえるか?最後の別れをしたい。」 そう言って、沢も扉から外に出すと、俺はベッドに近付いてその顔を見下ろした。 「本当に一の顔によく似ている、でも…」 首に巻かれた包帯と首の間に指を入れてぐっと引っ張ると、うなじが見えた。 「きれいだ…傷ひとつない。」 包帯から指を抜いて、沢の顔を撫でる。 「全くすごいもんだな…こんな風に顔を変えられるなんて。」 その手で髪を撫でると、そこは俺の身体をくすぐっていた沢の髪で、それを思い出した俺は少し赤くなった。 しばらく髪を撫でてから口を開く。 「あのさ、沢…いいかな?俺が一と番になってもいいかな?もう他に俺を愛してくれる人いないし…違う…言い訳だな。俺、一を愛してるか分からないけれど、それでもここに寝ているのが一じゃないってわかった時、ごめんな…ホッとしてた。」 ぼそぼそと沢に自分の心の内を曝け出していく。 「お前が本当は沢だってわかって、沢が一だって分かって…俺は良かったって思ってしまったんだ。ただそれが一と言う双子の存在をなくすことへのものなのか、それとも愛する者へのものなのか…俺のこれはどちらなんだろう?」 私の手を振り払い、この世界に戻ってきたのは何故ですか? 耳に沢の呆れたような声が聞こえてきた。 「ふふ…そうだね。お前との世界に俺はいられなかった。やっぱり俺には一が必要なんだ…でも、俺をずっと騙し続けてるあいつに、俺だって少しはお返ししてもいいよな?しばらくは…そうだなこの子が生まれるまでは黙っていよう。あいつも今更、名乗りは上げられないだろうし。ふふ…ちょっと楽しくなってきたな…なぁ、沢。俺を最後まで愛してくれてありがとう。愛していたよ、沢。俺の…運命は一だけど、お前は俺のたった一人の運命の番だ…本当にありがとう。そしてさよなら、沢。」 涙はもう流れなかった。 愛していました…私の運命の番。 それ切り、沢の声はもう俺には聞こえる事はなかった。 しゃがんで唇に近付くが、ふと思い額にキスをした。 これが最後のキスだ…お前を愛していた心と共に…沢。 封印はしない。この愛も俺の一部だから。沢…沢… いくらでも溢れてくる想いに終止符を打つように、しっかりと額に唇を当て、ベッドに手をついて体を支えながら立ち上がった。 後悔も懺悔も裏切りも全てが愛に包まれ、俺はようやく沢から離れて扉を開けた。 「全…様っ!」 心配そうに見つめる沢の顔。でもその表情は一のそれで、俺は心の中で一、と呼びかけた。我慢できない衝動に背中を押されるようにその胸に飛び込む。 「よろしいのですか?」 沢の問いかけに頷くと、沢が男達にお願いしますと頷いた。 廊下の反対側で俺を抱きしめたままで、ことの成り行きを見守る沢に呟いた。 「きれいだったよ…一の体。傷ひとつなかった…」 「え?!」 丁度担架のようなものに寝かされて外に出てきた沢の体を一の目がじっと追っていく。 首の包帯はわざと緩ませたままにしておいた。そっと仰ぎ見た一の目はその包帯に釘付けで、顔が青ざめていく。 俺も大概だな… 「沢…大丈夫か?」 何も分からないような振りをして声をかける俺に、その真意を探ろうとする一の目。 ダメだよ。お前にはまだ言わない。俺が本当にお前を愛してると想える日まで、俺の中にあるお前への全ての感情を愛が覆うまで…それまではお前は沢のままだ。 「なぁ、沢。」 「はい?」 「呼んだだけだよ…沢…俺は少し休むから、後のことは頼むよ。」 ぽかんとしたままでいる一を廊下に置き去りにして、俺は部屋に向かった。

ともだちにシェアしよう!