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第85話

数日後、一のままで沢の葬式が行われた。自分の葬儀に参加する一を盗み見ると、さすがに気分が良くないのか青ざめ、額から汗が伝っている。 沢の体が土の下に隠れ、簡素な墓石を建ててようやく葬儀が終わって帰宅という段になって、ついに一が倒れた。 「帰ろう。」 声をかけた俺の前で、膝から崩れ落ちた一を肩で支えると、すぐに卿の番が俺を手伝ってその体を車に乗せてくれた。 「すみません…」 俺の謝るのに卿はいいやと頭を振って微笑むと俺に囁いた。 「さすがに彼にこれを見せたのはキツかったかな?帰って十分に看病してあげなさい。後の事はこちらでやっておこう。 「ええ。ありがとうございます。」 俺は頭を下げ、運転手に出してくれと命じた。 今まで自分がどこに住んでいるのかも知らなかった俺は、ようやくこの葬儀のおかげで外に出ることができ、自分の家や環境を知ることができた。 今まで住んでいた街中とは違い、郊外の広い庭のある一軒家。今まで住んでいた家よりは少々小ぶりの、それでも民家数軒分の大きさのある家。屋敷と呼ぶほどではないが、そこそこ立派な家だ。 木々が家を囲い、裏の方には小さい雑木林もある。他の家とは隔離されたように離れていて、人のあまり寄り付かない、俺たちには理想的な家だ。 家の前に車が止まり、連絡を受けていた使用人達の手を借りて、沢を車椅子に乗せると俺の部屋に向かわせる。ベッドに寝かせてくれた使用人達に、ありがとうと言って部屋の外に出すと、ベッドの端に座って一を見下ろした。 まだ肩を上下にさせて息を荒くしているのを見て、伸ばした手を止めるがシャツのボタンを外してはだけさせる。 「ん…」 眉間に皺を寄せて呻き声を上げた一の顔が横を向き、俺の目にうなじについた傷跡が見えた。 そっとうなじに触れそうになった手をいきなり掴まれて、ベッドに押し倒される。 「沢、元気になったようだな?」 手を振り払って起きあがろうとする俺の胸を押さえつける一におい!と声を荒げた。 「葬儀の後でやめないか!俺の上から退け!」 「全…」 「全様…だろ?」 「見えた…か?」 「なんの話だ?」 「見たんだろう?あいつに巻かれていた首の包帯が緩んでいた。見たんだろう?あいつの首を!」 掠れ声を出す事も忘れて、一は大声で俺に食ってかかってきた。 「沢…声が出せるんだな…」 「っ!」 しまったと言う顔になるが、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴り出した。 「っざけるな!!分かっているんだろう?俺が誰なのか…分かっているんだろう?」 頷いて一の顔を撫でる。 「あぁ。でも俺にとってお前はまだ沢のままだ。本当の名では呼んでやらないし、沢として接する。」 「何故?」 「俺は決めたんだ。お前への感情が全て愛で覆われるまで、沢として接すると。だから…退け!」 「…嫌だと言ったら?」 「…。」 きっと睨む俺に一が意地悪そうな顔で微笑んだ。 「全様、下克上って知っていますか?」 「何?」 「私があなたをここで監禁すると言う事です。」 「おい!何を言って…やめろ!」 一が自分のネクタイに手をかけて引き抜くと、俺の両手首を縛り上げた。 「何をする…やめろ!!」 「あなたが私を沢と呼ぶならそれで結構。でもね、私はとても待つのが苦手なんです。あなたが私への感情を愛で覆われるのを待つなんてとてもじゃないですが無理です。」 するっと上着の下から一の手が入り、俺の肌に触れる。 「ん!やめろ!やめっ!!」 「私がそれをお手伝いします。あなたをいやっていうほど愛して、私への感情を愛で覆えるように。あなたに私からの愛を捧げましょう。」 「待てっ!おい!!」 「沢が…」 突然一の声のトーンが変わった。 「沢が俺に言ったんだ…墓場でその体が隠れる寸前…全様を頼むと…そして、人の時間とは儚いものだとお前に伝えろと…だから俺は待つのをやめた。俺のこれからの時間を全てお前にやる。だから早く俺を、俺の名前を呼んでくれ!その為なら俺は一日中だってお前を抱き続ける。」 「バカじゃないのか?!」 呆れたように言う俺に一は唇を合わせながら言った。 「愛しているんだ…全、お前を愛してる。」 「俺はまだ…それに応えられない。」 俯いた俺の顎を掴んで上げさせると、再び唇を合わせる。 「あぁ、だから俺がたっぷりとお前に愛を注いでやる…全様、覚悟なさって下さい。」 「やめ…やめろっ!!」 嫌がってばたつかせる俺の足の間に一の手がゆっくりと伸びていった。

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