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第97話
その時だった。扉がミシミシと音を立て、バンと一気に開いたのは。
「んんっ!」
そこに一がいると思い、卿の歯を振り払うように頭を振って名前を呼んだ。
「いい加減にしろ!」
しかし、俺の耳に聞こえて来た声は一のものではなく、その声を聞き姿を見て俺以上に驚いている卿が俺から離れて見えたその姿も、一のものではなかった。
「君…何で?」
卿が俺に布をかけながらベッドを下りる。
その卿に近付く男。そう、扉を開けたのは卿の番であるあの刑事だった。
「何で君がここに?」
「あんたが変にソワソワしてたのが気になってな。ふぅん。そう言うことか…だったら俺はもうお払い箱ってことでいいんだな?」
刑事はベッドにいる俺を見てから、着ているものを直している卿に目をやる。
焦っているのか、うまくボタンを止められない卿の手の上から男がボタンをはめてやると、その手を離して男が冷たい声を出した。
「じゃあな。」
「ちょっと待て!私はお前を解除する気などない!!」
卿の手が刑事の肩を掴むが、男はそれを振り返ることなく振り払った。
「俺はあんたにお前一人が私の番だと言われた。俺はこの通りの体も態度もでかい規格外のΩだ。αなんかに庇護されなくても自分の力だけで生きていくと決めていた。だが、あんたが俺だけを愛し番にすると言って、俺のうなじに歯を立てたんだ。何回も何十回も拒否し続けた俺のうなじに…その約束を破ると言うことは俺を解除するのと同じことだ。元々、俺は一人で生きていく予定だった…それに戻るだけの事。」
そう言って刑事は部屋から出て行こうとした。
「んっん!!」
待ってと言いたいが言葉にはならず、それでも男が立ち止まった。
「あんたには悪いと思うが、こいつのことよろしく頼むわ。」
「んーーーーー!!」
そう言い残して出て行こうとする男に、もう一度俺が声を出すが、男は今回は止まらずに、その姿が扉から消えようとした。
「待てっ!!」
それまで動けずにいた卿が、下を向いたままで声を出した。
「待てと言った。待たないか!!」
顔を上げた卿が、扉から消えようとしていた男の腕を掴む。
「お前を解除などするわけがないだろう?私があれだけ色々と捧げてようやく手に入れたお前なんだぞ…すまなかった。ほんの好奇心だったんだ。αを魅了する匂いというやつがどんなものか気になってしまって。」
「そんなのしらねぇよ。理由はどうあれ、俺が来なかったらあいつを番にしてただろう?その事実だけで十分だ。」
男の声は冷たいまま。
「ふむ。そうか…怒っているのか…ふふふ。」
突然、そんな男の態度に卿が笑い出した。
「何笑ってんだ…?怒るに決まっているだろう?!俺は約束を破られたんだ…から…あっ!」
卿がその腕を強く引っ張り、男がよろけたところを抱き止めながらキスをした。
「んんっ!何を…んっ!」
抵抗する男を抱きしめてキスをし続ける卿に、ついに男の体から力が抜け始める。
「はぁあ…っめろ…んんっ…」
先ほどまでのギスギスした空気が甘く穏やかなそれと変わり、卿がようやく唇を離すと、男はずるずると卿の体を滑り落ちるように床に座り込んだ。
「嫉妬…してくれたんだな?」
卿も男の目線までしゃがみ込み、指で顎を持ち上げて視線を合わせる。
「っるせっ!」
男が顔を真っ赤にして卿から背けようとした顔を今度は頬を両手で挟み、自分に向き直す。
「ふふ、嬉しいよ。君がこんなに感情を露わにするなんて初めての事だからね。…さて、どうしようか。彼のヒートの匂いで疼く身体がどうにもならなくてね…家までもちそうにないな。それに君も…そんな顔で家までなんて無理のようだね。」
「あんたがあんなキスをするか…んんっ!」
男の言葉を飲み込むように卿の唇が再び男に覆いかぶさる。
くちゅくちゅという唾液の絡まる音と俺のところからでも見える二人の絡まる舌。
見ている俺の方まで身体が熱くなり反応していく。それによって強くなった匂いに卿の鼻が反応した。
「おっと、これはマズい。またおかしくなってしまいそうだ。」
そう言って卿が男に手を貸しながら立たせると、俺の匂いを遮断するように扉を閉めようとした。
しかしその手の上から被さるように手が見えて、再び扉が開いていく。
「あんた…っ!?」
刑事の驚いた声でそこにいるのが誰だか分かった。
今度こそその顔を声を俺に見せてくれる!聞かせてくれる!!
俺は拘束された口を必死で動かしてその名前を呼んだ。
「んっんーーーーーー!」
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