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第98話
「寒、お二人に部屋を。」
「はい。卿、こちらへどうぞ。」
「あぁ、すまないがお言葉に甘えさせてもらうよ。さぁ。」
「いや、ちょっと待てよ!この顔…何であんた…っ!?俺を騙したのか?」
刑事のいきり立った声が聞こえる。
そりゃあそうだ。一はあの刑事が死を確認して墓に埋めたはずの親殺しの犯人。それが今、自分の目の前に何食わぬ顔をして立っているのだから。
「えぇ、俺が本物の一です。それで、あなたは俺をまた逮捕しますか?」
またを強めに言葉にした一に刑事の唸り声が聞こえてきた。
「今更あれは偽物でしたと、警察の無能さ加減をマスコミや一般人に垂れ流したいと言うのなら、俺を逮捕するなりご自由にどうぞ。」
煽るような一の言葉に、刑事が声を詰まらせる。
「お前も知っていたんだろう?いや、お前が手を貸したんだな?」
刑事の怒りが一から卿に移る。卿がはぁと大きなため息をつくと仕方がないというような声で刑事を諭す。
「これが沢の願いだったんだよ。私に意識を失う前に全てを語り、その上で自分の顔を変えて、一として葬って欲しいという。自分が全君と一君にできる事はもうこれしかないからって言ってね。」
「どういう事ですか?俺もその辺の話は聞いていません。」
「まったく…私はこれでも全君の匂いで限界の体なんだよ?後にしてもらいたいんだがな。」
「言わないなら俺はこのまま帰る。」
刑事がそれまでのフラフラとした体を立て直して、卿から離れた。
それを恨めしそうに見つめた卿が、仕方ないと頭を振って話し出した。
「まったく…だからね、沢が言ったんだよ。自分が一君を親殺しにさせたんだって。自分さえ全君を一君から取り上げるような事をしなければ、それ以前に全君とそういう関係にさえならなければ、全君がΩだということも知られず、二人ともそれまで通りの暮らしを続けていられただろうってね。だから、全ての原因は自分にあるんだって。全君を、主人である全君を抱いてしまったのが全ての始まりだったんだってね。涙を流しながら、息も絶え絶えに話していたよ。」
「…馬鹿だ…沢は馬鹿だ。全がΩだなんて、沢が何をしなくてもいつかはバレていた。そうすれば俺は絶対に全を番にしていただろうし、それによって起こる諸々も結局は起こっていただろう。だから、あいつがその罪を負うことなんてなかったんだ。」
絞り出すような一の言葉に、皆が口を閉ざす。
俺は今すぐに一を抱きしめたくて、拘束を外そうと身体をバタつかせるが、力の入らない体ではほんの少し繋がれている拘束具が音を鳴らす程度しか動かせない。悔しくて苦しくて涙が止まらず、嗚咽が漏れた。
「うっ…ううっ…」
刑事がその声に気が付き、ため息をつく。
「もういいよ。俺だって警察が馬鹿にされるのは嫌だからな。だが、いいか?できる限り俺の前に顔を出すな。まぁ、あんたが一だって知ってるのは警察でも俺くらいなもんだからな。だが、見るたびに俺が悔しい思いをするのは嫌なんでね。まったく、この礼に部屋は借りるぞ?こいつからもたっぷりと礼を貰わないといけないんでね。泊まりで…いいよな?」
「何日でも、あなたの気がすむまでどうぞ。寒、後は頼んだ。」
「はい、一様。」
そう言って一が部屋に入ってくると思い期待していた俺の目に扉が閉まっていくのが見えた。
「んんん?」
何で?何で一は扉を閉めるんだ?
「んんーーーーーっ!」
声を限りに叫ぶ俺の耳に刑事の声が聞こえてきた。
「おい!Ωをヒートのままで放っておくのか?あんた、あいつの番なんだろう?」
「違う。俺は全の番ではない。全も俺を受け入れてはくれない。だから、あんた達を案内させた後で抑制剤を寒に打ってもらう。寒、いいな?」
寒が逡巡して返事をしない。それに苛立つように一が声を荒げた。
「寒っ!!」
「一君、いい加減にしないか?!」
卿の厳しい声が廊下に響き渡った。
「全君は…あんな事をした私が今更だが、君と番になりたいと願っているよ。ようやく二人の心が一つになったというのに、なぜ君はそれを認めないんだ?二人はその心の内が分かるんだろう?だったら全君の君への想いも分かっているはずじゃないのか?」
「それは…俺のただの思い違いだったんだ。俺達は一つの魂を分けあったわけじゃない。ただ偶然にそこに居合わせただけの、ただそれだけの関係だ。だからそんな事、分かるわけがないんだ!」
一の足が廊下を去って行くのを刑事が捕まえて止める。
「本当にいい加減にしろよ!何をガキみたいに拗ねてやがるんだ?気持ちが分からない?そんなの当たり前だろう?偶然そこに居合わせただけって、それが十分奇跡じゃないか!?それがヒートを我慢してお前を待っているあいつへの言い訳になんてならねぇよ!さっさと番としてすべき事をしてやれ!!」
ブンと腕を振り回す音がして突然扉から一が飛び込み、その勢いのまま俺のベッドに突っ込んできた。
「おい!何をする!?」
体を立て直しながら扉に向き直る一に、刑事がフンと鼻を鳴らして扉に手をかけた。
「うるせえ!これもお前に騙された俺からの礼だ!」
そう言うと、刑事は扉をバタンと閉めて外からガチャっと鍵を閉めた。
3人の足音が廊下を遠ざかって行く。部屋に残された俺と一はただ呆然と扉を見つめてその音を聞いていた。
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