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第104話

また、あの道だ。 一人歩いていたあの道。 だが、あの時と違って今回は隣から足音がする。 横を向くとそこには沖ではなく、寒がいた。 「今回は寒なのか?」 「あぁ、私は見た目にはこだわりがないもので。従者としてこの方を選びました。」 恭しく礼をしながら俺の横を歩く。 「それで?何で俺はまたここにいるんだ?」 ため息を一つついて、足を止める。 「あぁ、足は止めない方がよろしいかと。前にも言いました通り、来た道は崩れ去っていきますので。」 「分かってるよ。」 後ろをチラと見てゆっくりと足を動かす。 「それで、今回は何で?」 「あぁ、ただの答え合わせですよ。」 上を見上げて答える寒につられて俺も上を見上げるが、そこには空もなければ天井もない。ただ空間が広がっているだけ。 「答え合わせ?」 再び顔を戻して寒を見る。 「全様が何を選び、何を切り捨てたのか…もう、お分かりになっているでしょう?」 あの時のやりとりを思い出す。 一か子供かと聞かれて咄嗟に足を踏み出した道。 「一だ…俺は一を選んだ。」 「そうです。全様はこの先を生きる命ではなく、今を一緒に生きる命を選びました。」 無意識に手が腹をさする。 「答え合わせだなんて嘘なんだろう?せっかくできたこの子も俺から…俺達から取り上げるつもりか?」 「あなたは勘のいい方だ。そう、あなたはその命を選ばなかったのですから、仕方ありません。」 「あの時の子供だけだと思ったんだ。一を選べば子を成せる…だから一を選んだのに…」 「ですから子供達と言いましたよ、私は。」 今更その意味が分かっても、もうあの選ぶ前の道には戻れない。 崩れ去り、奈落に落ちた道には。 「よろしいですか?」 「嫌だよ。嫌だ。いいわけがないだろう!?一は俺との子を欲しがっている。運命の二人の間に出来る子供を見たいって。なのに、作っても生まれてこられない命なんて…俺は一になんて言ったらいいんだ?俺は…俺だって、せっかくできた俺と一の子供を産みたい!なのに…何で俺は両手があるのに一と子供、その二つを掴めないんだ?」 悔しくて辛くて苦しくて、俺はその場にしゃがみ込んで涙を流した。 「立って歩いて下さい。そうしないと飲み込まれますよ?」 「もう、いいよ。一の元に帰っても俺は一の子供を産めない。楽しみにしている一にそんな事、俺は言えない。」 「仕方のない人ですね…あなたが歩かないと私も一緒に奈落に落ちてしまうと言うのに…」 寒が先程までのヘラヘラとした顔から少し真剣な顔になり、俺に手を差し伸べる。 「立って下さい。あなたがここで奈落に落ちれば、わたしだけではなく一様も奈落に落ちるのですよ?」 「どういう事だ?一は関係ないだろう?」 分かっていませんねと頭を振った寒が無理やり俺の腕を掴んで立たせると、行きますよと嫌がる俺を引っ張って歩き出した。 「あなたと一様はもともと双子として生まれる予定ではありませんでした。ただ、本当に奇跡的な偶然によって一様も命を授かり、お二人は双子となりました。その為か、お二人の歩まれる道はどちらか一方のみにしか輝かれない道。初めは全様が歩かれていた後継者としての輝く道はΩの発覚によって一様が代わりに歩かれました。その後も、あなたと一様はどちらかが日向を、どちらかが日陰を歩くというような人生だったでしょ?」 言われてみればそうだったと、寒に頷く。 「そして、全様こそがこの道の本来の歩かれる方。ですので、あなた様がお二人の行き先を決めるのです。それとあなたには手は2本ありますが、すでに一本はご自分と繋がれているのですから、残るのはたった一本。そういう事です。」 よくわからないという顔の俺を見て、寒は俺の手を掴んで目の前に差し出した。 「いいですか?本来は道を歩くのは一人。ですから手は両方空いています。ですが、一本の道をお二人で歩く全様は、すでにその片方の手で道をはずさぬように自分と手を繋いでいらっしゃいます。ですから、全様には一本しか空いている手がないんです。他の方は、ご自分の道を歩くのは自分一人だけ。なので、両手が空いている。お分かりになりましたか?」 「俺の道から俺を落とさぬようにか…俺が落ちたら一はどうなる?」 「あなたから道を奪い取れるほどの生命力があれば、そのままご自分の道とされるでしょうが、あなたにほんの少しでも未練があれば、一様も遠からず…。」 「死ぬ、という事か。」 「さて、話が長くなりましたね…よろしいですか?」 寒の手が俺の腹に伸びる。それを振り払うように体を動かすと寒が仕方のない方だとため息をついた。 「そうは言っても俺の子だぞ?どうぞと言えると思うか?」 「しかし、それがあなたの選んだ道です…では、逆に聞きます。こういう事だと分かって後、あなたが再び選択権を得られるとしたら、今度はどうされますか?」 「それは…どっちも選べない…」 「では、やはり同じ事ですね?」 「他の、他のことと引き換えには出来ないのか?」 なんとか子供を守りたくて口から突いて出た言葉に寒の手が止まる。 「そうですね…それでは一様のα性を再びΩ性へと戻す、とか?」 「無理だ!絶対に無理だ!一はようやく元に戻れたんだ!それを今更Ωに戻すなんて、出来るわけがない!」 「そうですか…では、本当は全様がα性だったとしてもですか?」 「え?何を…言っているんだ?」 寒の顔に嫌な感じの笑みが広がり、俺はぞくっと背筋に冷たいものを感じながらも尋ねた。 「本当だったら、全様はα性でした。しかし、一様がそれを奪い取ったんです。」 「そんな、馬鹿げた話…信じるわけないだろう?!」 「そう言われても…私が全様に嘘をついて何か得がありますか?」 「それは、ないと思うけど。」 そうでしょと俺に微笑みかける寒にそれでもと食らいつく。 「今更それを聞いたって、俺がΩだと言う現実に変わりはない。一がΩに戻ることで俺がαになれるって言うならまだしも…」 「まぁ、そうですね。でも、あなたのΩとしての苦しみを、生き辛さを与えられますよ?分からせることができますよ?」 俺は即座に頭を振った。 「そんなのしたくない!俺は一がΩになった時の苦悩も苦痛も知っている。一の感情が俺に何度も流れてきたから。」 「ですが、一様はΩのそう言うものを体験していながら、全様にああやって痛みを与え続けている。αの優位性でもって、全様を支配しようとしている。」 折られた肋をさする俺の手を寒が掴んだ。 「痛みと欲で支配する一様からα性を取り除けば、全様へのひどい仕打ちもなくなるはず。いかがですか?それならば、その子の命を助けましょう。」 「そうか…ごめんな…産んであげられなくて…ごめん…」 腹をさすって涙を流す俺に寒の表情が怒りに変わる。 「何故だ?!一になんか、あんなお前を大事にしない奴に、何で?!」 寒の手が俺の手を引っ張り、抱き寄せた。 「寒?」 訳も分からずにその胸に抱きしめられ、俺は動けずにいた。 「あんたは馬鹿だ、大馬鹿だ。一なんかこれから先もあんたに酷い事ばかりするんだぞ?なのに何で、α性を取り上げないんだ?!」 「違うよ…一は俺に酷いことをしているんじゃない。あれが一の愛情表現なんだ。だから俺は一には今のままの一でいてもらいたい。たとえそれで子を産めないとしてもだ。だからと言って子を諦めたわけではない。俺は何度でもこの身に一の子を宿そう。お前は一が生まれてくるはずのない命だったと言ったが、それでも奇跡的に産まれた俺達は一が言っていたように本当に運命の双子なのかもしれない。それならば、運命の双子の間にできる子供にだって奇跡が起きるかもしれないだろう?」 「何とまぁ、楽観的なことを…ですが、そう仰られるのなら仕方がないですね。それでは、あなたの従者たる私から今回の子の命と引き換えに少しだけ奇跡のお裾分けをして差し上げましょう。」 寒の手が俺の腹に触れた瞬間、俺の体がぴくとも動かなくなり、空に浮いた。 「あ…あ…」 嫌だと言いたくても口も動かず、意識も遠のいていく。 消えかかっていく寒の声。それを聞き漏らさぬようにと必死にその声に集中する。 「奇跡をほんの少しだけ起きやすくしました。その代わり、一様への愛が全様からなくなった瞬間、一様はΩに戻ります。全様だけが一様をα性に出来るのです。死ぬその時まで、お二人の愛が続く事を祈っておりますよ。それでは…」 一礼した寒が見えた瞬間、俺の腹が軽くなって、俺は暗闇に飲み込まれた。

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