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3.会社にて(1)

 喫茶店でジュースを飲みつつ、まったりとした時間を過ごしたあと、俺たちは再び学校へと向かった。  ホームルーム開始のおよそ十五分前に職員室へ足を運び、担任の先生に会ってミオの事をよろしくお願いして、俺は会社への道を急いだ。  結局、時間ギリギリまでミオと一緒にいる事を選んだのだが、これが俗に言う〝親バカ〟というものなのだろうか。  かわいい我が子となかなか子離れできない世間の親御さんの気持ちも、今なら分かるような気がする。  ただ、その親バカが炸裂して、今日は膨大な量の書類をまとめなければならない日なのにもかかわらず、学校に預けてきたミオの事が何度も気になって、仕事がなかなか手につかないのは大きな誤算だった。  まずいな、このままじゃ残業確定だ。 「柚月(ゆづき)さん、何か考え事?」  心が浮ついた俺を見かねて声をかけてきたのは、三時のおやつとコーヒーを持ってきてくれた、事務員の山田さんだった。 「あ、いやその。実は今日、うちの子が初めて小学校に行ったんですよ」 「それってこの間話してくれた、柚月さんが里親になった男の子のこと?」 「ええ。同じクラスの子たちとうまくやれてるのかなとか、さみしい思いをしてないかなって、そればっかり気になっちゃって」 「そうねぇ……柚月さんの気持ちはわかるけど、心配しすぎても仕方ないわよ。子供たちは案外すぐ仲良しになれたりするんだから、きっと大丈夫だって」 「だといいんですけど……」 「うちの子二人も幼稚園を出るまでは内向的だったんだけど、小学校に入ってからはものすごくやんちゃに育ってね。毎日いろんな子たちと暗くなるまで外で遊んでたものよ」 「そうなんですか?」 「ええ、男の子の方は特にね。だから柚月さんも心配ばかりしてないで、ドーンとかまえてなさいな」 「はぁ、ドーンとですか」 「初日からそんなに気を揉んでいると、あなたの体の方が持たないわよ」  確かに山田さんの言うとおりだ。  現にこうして仕事が手につかないほど、ミオの事をずっと気にかけていたわけだし、昼飯もろくに喉を通らなかった。  こんな体たらくでは、いつか集中力を切らして大ポカをやらかしかねない。  俺には里親としての責任がある。  会社をクビになって収入がなくなり、あの子を路頭に迷わせるような事態だけは、絶対に避けなければならないのだ。  今はただ、生活の糧を得るために、目の前の仕事を黙々とこなすことのみに集中するべきだろう。  ミオと向き合うのは、家に帰ってからでも遅くはないはずなのだから。 「そうですね。すいません山田さん」 「いえいえ。私でよかったらいつでも相談に乗るから、あんまり一人で背負い込まないのよ」 「はい、ありがとうございます」  俺は山田さんに深々と頭を下げた。  自分の心配事を人に聞いてもらい、参考になるアドバイスも頂戴して、胸のつかえが少しは取れたような気がする。  俺は机の上に置かれたおやつを頬張りつつ、たまっていた書類のチェックを再開した。

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