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10.初めての魚釣り(5)
「んーっ、お兄ちゃんが笑ったー」
ミオが、声を殺して笑う俺の方を向いて、頬を膨らませる。
「ごめんごめん。いや、ここでもかと思ってさ」
「あら、サビキじゃない方がよかったかしら?」
「あ。いえいえ、それでお願いします」
ミオが俺の事をお兄ちゃんと呼んだことから、店員のおばさんは俺たちがきょうだいだと思ったのだろうが、またしてもミオは女の子と間違えられたのである。
一人称が〝ボク〟だったわけは、単純にボクっ娘だからだとでも思われたのかな。
ミオの初登校日で、ミックスジュースを飲みに行った喫茶店では娘と勘違いされて、今度は妹ときたか。
ミオ本人は複雑そうな顔をしているが、うん、悪い気はしないな。
こんなにかわいい妹なら何人でもいてほしいくらいだ。
「はい。じゃあこれがサビキ仕掛けね。魚を持って帰るなら、簡単なクーラーボックスもありますけど」
そう言って、おばさんは店に陳列されている、発泡スチロール製のクーラーボックスを指差した。たぶんこの中に板氷 を入れて、魚の鮮度が落ちないように氷締 めをするのだろう。
「ミオ、魚は持って帰る?」
「うん。持って帰って食べたーい」
ミオは即答した。
やっぱりこの子は子猫なのかな。何というか、本能的に魚を欲しているような気がする。
ということでクーラーボックスも無事お買い上げとなり、道具一式と救命胴衣を借り受けた俺たちは、売店を出て釣り場へと向かった。
カラッと晴れた空の下、沖の方へ伸びた釣り台の先端では、常連客と思わしきおじさんたちがしっかりと陣取っていた。
おそらく沖に出れば出るほど、大物、あるいは数多くの釣果が期待できる事を知っているのだろう。
その他の客層は、今日は土曜日ということもあって、やはり子供連れが多いようだ。
ミオと同じくらいの年頃の子供たちが、父親のレクチャーを受けながら、思い思いの釣りを楽しんでいる。
「たくさん人がいるねー」
ミオが複数ある釣り台を満遍なく見回しながら言った。
「うん、早めに来て正解だったな。もうちょっと遅かったら場所取りに苦労してたとこだよ」
「アジってどの辺で釣れるのかな?」
「うーん。アジは基本的に回遊魚らしいから、よさそうな雰囲気のところで仕掛けを落として、根気よく待つしかないと思うんだけど……」
波止場からすぐの釣り台へ足を踏み入れ、俺たちは他の客が使っている仕掛けをチェックする。
その中に、サビキ仕掛けを使っている人はちらほらいた。どうやらサビキは子供連れの客に人気なようである。
売店のおばさんは、豆アジならどこででも釣れると言っていたし、先端の常連客にウザがられるのも何だし、あまり沖の方へ足を伸ばす必要は無いかも知れない。
ということで、俺たちは比較的に他の客と競合しない、空いた釣り台を選び、釣りを始めることにした。
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