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10.初めての魚釣り(9)
「大きくなって帰ってこいよー、その時はおいしく食べてあげるからな」
「イワシっておいしいの?」
「うん。青魚の一種で、すごくおいしいよ。栄養もたっぷりあるから、体にもいいんだぞ」
「へぇー。お兄ちゃん、お魚の事、何でも知ってるんだね」
ミオが尊敬の眼差しで俺を見つめる。
「それほどでもないよ。子供のころ、俺も魚釣りに連れて行ってもらって、その時に教えられた事を覚えてただけさ」
こうしてミオに披露できるくらいの知識を得られたのも、両親が俺を魚釣りに誘ってくれたおかげだ。
今度は俺がミオに手取り足取り教えて、何とか、目的のアジを持ち帰らせてあげたい。
「潮位も上がってきたし、そろそろアジも回ってくるかもだから、もうちょっと頑張ってみようか」
「うん。楽しみー」
俺たちは再び仕掛けを海に沈め、ひたすらアジの回遊を待った。
ミオが竿を引き上げる時、たまに仕掛けが絡まったりするので、それを解 いてあげ、そのついでに、竿のしゃくり方や合わせ方をレクチャーした。
こういうのは口頭で伝えるよりも、体で覚えるのが一番だと思うので、ミオの横に立って一緒に竿を持ち、体の小さなミオに最適な〝サビキ方〟を実践してみせたのだった。
そこからさらに時間が経ち、寄せエサを半分くらい使ったころ。
ようやく、ミオの竿に反応があった。
「わっ、お兄ちゃん! 竿が動いてるよー」
「お。ついに来たか」
今度は、さっき俺が釣り上げた小イワシの時よりも、竿のしなりが大きい。
「ねぇねぇ、もう上げてもいい?」
「いいよ。さっき教えたようにやってごらん」
ミオは俺のレクチャー通りに竿を合わせ、針が魚にしっかりフッキングしたのを確認してから、ゆっくりとリールハンドルを回し、ラインを巻き上げる。
すると、複数ある枝針の真ん中あたりで、体高があり、キラキラと光る魚がじょじょに姿を現し始めた。
「バラさないようにな」
「バラさないってなーにー」
大声で返事をしながら、ミオはその細腕で一生懸命ハンドルを回す。魚の抵抗もさることながら、仕掛けに取り付けたカゴが錘 付きなので、案外重いのだ。
ただラインを巻き取るばかりではバラすおそれがあるので、時折に、体全体を使って竿を起こすようアドバイスする。
ミオはそれを言われた通りにやるのだが、なにぶんにも初めてなもので、やはりぎこちなさは否めなかった。
それでも、一生懸命に打ち込んでいるところがとても微笑ましい。
俺はミオのサポートをする事も忘れ、心から釣りを楽しんでいる、その眩しい横顔に見とれていた。
仕掛けを巻き上げきって釣り台に下ろすと、床に打ち上げられた一匹の魚が、ピチピチと元気よく跳ね回る。
輝く銀色の魚体に、特徴的なエラ付近の黒い斑点。
間違いない。こいつこそが、ミオが釣りたいと願っていた待望のお魚だ。
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