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10.初めての魚釣り(10)

「おお、これはマアジだよ」 「え、ほんと!?」 「うん。小さいけど正真正銘のアジだ。よく頑張ったね、ミオ」 「やったぁ! 嬉しいな」  ミオが釣り上げたのは売店のおばさんが言っていた通りの豆アジだったが、それでもアジである事には違いない。  たとえ一匹であれ、人生初の魚釣りで、念願のアジを釣ることができたのだ。ミオも感慨ひとしおだろう。 「アジって、よく見るとこんな形なんだねー」  ミオはかがみ込んで、床でおとなしくなったアジを、物珍しそうに指でツンツンしている。  その姿、まるで初めて魚を分け与えてもらった子猫のごとし。 「ミオ。せっかくだから、写真撮ろっか」 「うん、撮って撮ってー」  俺はスマートフォンのカメラをセットし、釣り竿と、針に掛かったアジの尾っぽを持つミオのまばゆい笑顔を写真に収めた。  この写真は、俺たち二人の宝物だ。  帰り道にコンビニエンスストアに立ち寄って、ミオのために一枚。そして、俺の会社のデスクに飾るために、もう一枚現像しよう。 「そのアジ、持って帰るんだろ?」 「うん!」  ミオは嬉しそうに答えた。  その返事を聞いて、俺は仕掛けからアジを外し、発泡スチロール製のクーラーボックスに入れる。  クーラーボックスの中にはぶ厚い板氷が敷かれ、少々の海水を流し込んであるので、鮮度を保つための氷締めは万全だ。  後は、こいつをどう料理して食べさせてあげるかなんだが、何がいいだろうか。  なにぶんにも体長十センチにも満たない豆アジだ。刺し身にするには小さいので、素揚げにでもして、頭からかぶりついてもらうのがいいかな。  もうちょっと数多く釣れれば、例えばにするなど、他の調理方法も候補に上がるんだが。 「お兄ちゃん、また釣れたよ!」 「……えっ! もう!?」  俺が豆アジのレシピを考えている間に、ミオはすでに次の仕掛けを投入していたらしい。  今度は二本の針に豆アジが一匹ずつ掛かっている、いわゆるダブルヒットというやつだ。  あれからさらに潮が動いて、ようやくアジの群れが回ってきたようだ。水中ではたくさんの豆アジが、ところ狭しと泳ぎ回っている。 「ねぇ、お兄ちゃんも早くー」  驚異の学習能力と言うべきか、ミオはいつの間にか、針から魚を外す術を身に付けていた。先程釣り上げた豆アジを、次から次へとクーラーボックスに放り込んでいる。 「わ、分かった。よーし釣るか」  ミオに急かされるがまま仕掛けを落とし込むと、俺の竿にもすぐさま当たりが来る。  ちょっと泳がせた後に竿を合わせ、仕掛けを引き上げると、豆アジが三匹連なって掛かっていた。  仕掛けを投入してすぐに魚が釣れる。これがいわゆる〝入れ食い〟というやつだ。 「いっぱい釣れて楽しいね、お兄ちゃん」 「そうだな。ミオと一緒に来てよかったよ」 「えへへ」  ミオは照れくさそうに笑った。  結局、二人で釣ったアジの数はおよそ五十匹以上にまで上り、クーラーボックスには溢れんばかりの豆アジが詰め込まれた。  魚釣り初体験で、こんなにたくさんの魚が釣れたら、ミオもきっと満足だろう。  お昼前には寄せエサが底をついたので、ちょうどいいキリだという事で俺たちは魚釣りを切り上げ、公園に併設されている展望レストランにて、ジュースで祝杯を上げたのだった。

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