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12.ミオの散髪(7)

「お兄ちゃん。終わったよー」  待合スペースで座っていた俺を迎えに来たミオは、乾きにくくて気にしていた襟足を短く整えてもらった事で、サッパリとした様子だった。  やはり、ここの理容師さんは腕がいい。  ミオの短くしてほしい、という注文に応える一方で、中性的なヘアスタイルを崩さないよう、絶妙な長さにカットしてくれていた。 「どうかな。似合ってる?」 「うん、すごくかわいくなったよ」 「ほんと? よかったぁ」  少し不安げだったミオの顔が、パッと明るくなる。 「あ、でもね。お兄ちゃんが『かわいい』って言ってくれるの、すごく嬉しいけど」 「けど?」 「ちょっとだけ恥ずかしいかも……」 「ははは、ミオは照れ屋さんなんだね」  と言って俺は、綺麗にセットされたミオの頭を撫でた。 「んじゃ、帰ってご飯にしよっか」 「うん!」  閉店間際のヘアーサロンを後にした俺たちは、仲良く手を繋ぎ、家路につく。  街灯が照らす夜道を歩くその道すがら、ミオがこんな質問をぶつけてきた。 「お兄ちゃんは、髪の毛を伸ばしてた事あるの?」 「あるよ。学生の時だけどね」 「どのくらい伸ばしたの?」 「えーと、どう言えばいいんだろ。真ん中分けのセミロング、でいいのかな」 「セミロング……」  いかん、うっかりミオが知らない横文字を使ってしまった。 「要するに、全体的に肩くらいまで伸ばしたんだよ。こんな感じで」  と、俺はジェスチャーで長さを表現する。 「ふーん。今じゃ想像つかないね」 「まぁ、すごく不評だったしなぁ。だからすぐにやめちゃったんだよ」 「ねぇお兄ちゃん、その時の写真って持ってるの?」 「一応家にあるけど……」 「あるんだ! ボク、見てみたいな」 「え!? そ、そんなの見ても何も面白くないよ。ほんとに似合ってなかったんだから」 「いいじゃん、写真あるのなら見せてよー」 「見ても損するだけだってー」 「お兄ちゃん、おねがーい」  俺はミオの興味を削ぐために八方手を尽くしたものの、結局おねだり攻撃に根負けしてしまい、学生時代の写真が収められたアルバムを見せる事にした。  俺の若気の至りを掘り起こされて、羞恥心(しゅうちしん)のあまり目を覆ってしまったのだが、意外な事に好評なのが救いだった。  ミオ(いわ)く、「いつものお兄ちゃんも好きだけど、こっちのお兄ちゃんも優しそうで好き」だとの事。  〝(たで)食う虫も好き好き〟とは、よく言ったものだ。  あの当時に、ミオのような心優しくて奇特な子がもっとたくさんいたら、俺も少しはモテてたのかなぁ?  ……さすがにそれはないか。

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