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14.二人の歯科検診(1)
「なになに、『歯科検診の日を欠席されたお子さまへ』だって?」
とある日の夕食後。
ミオが持ってきた一枚のプリントには、大きな文字でそう書かれていた。
「うん。ボク、途中から学校に行かせてもらってるでしょ? その前に、みんなの分の歯科検診が終わっちゃったみたいなの」
「そうかぁ。それで先生はこのお知らせをくれたんだね」
学校では健康診断や歯科検診を一日で一斉に行うのだが、その日を欠席した児童は、学校が指定する近隣の医院で各々検診を受ける必要がある。
ミオは一学期の途中に編入したから厳密には欠席ではないにせよ、結果的に欠席した子と同じ扱いになってしまうのだ。
健康診断自体は、児童養護施設にいた時に受けていたそうなのだが、歯科検診がまだだった事で、今回の受診案内をもらうに至る。
「プリントによると、結構近いところにある歯医者さんを指定してあるな。ミオ、一人で行けそう?」
「行き方は大丈夫だと思うけど、ちょっと怖いな……」
ミオが心配そうな顔でそう言った。
そりゃそうだよな。
子供にとって、歯医者の待合から聞こえてくる、あの機械音と治療を受ける子供の泣き声は、普通の子なら恐怖感を覚えるだろう。
ミオはこれまでそういう目には遭ってこなかったらしいが、それでも今年はどうなっているか、受診するまで分からない。
だからこそ心配になるのである。
「じゃあ、二人で一緒に行こうか?」
「え、いいの? お仕事忙しくない?」
「夕方に予約を入れておけば、仕事帰りにでも行けるからね。なるべく早く帰ってくるよ」
「ごめんねお兄ちゃん。ボク、いつも迷惑かけちゃってるよね」
「そんな事ないよ。ほら、おいで」
と、俺は申し訳なさそうにもじもじしているミオを抱き寄せた。
「ウサちゃんパークの時に言ったろ? もっともっと一緒にいられるように頑張るって」
「うん」
「だから、ミオが安心して通えるようになるまでは、ずっと一緒に行くよ」
「ありがとう、お兄ちゃん……」
ミオは俺のシャツに顔をうずめ、鼻をすんすんと鳴らしながら頬ずりをした。
泣いているのかな、かわいそうに。
この子は時折、心を許している俺に対しても、気を遣いすぎて遠慮をしたり、申し訳なさそうにお願いをする事がある。
これは養育里親の研修に行った時、同じく里親を希望する人から聞いた話だ。
捨て子にされ、身寄りを失った子の中には、養子として迎え入れてもらう事や、自分が捨て子だったからという理由で、負い目を感じるケースがあるのだという。
そうやって背負わされた負い目は、本来なら全く必要の無い、悪しき心の病巣だと俺は思う。
当時二歳という、まだ物心もついていない幼児だった時に捨てられたミオに、一体何の罪があったというのか。
どういう理由があったのかは知らないが、まだ何も分からないミオを捨て子にした親が、ミオの心に深い傷を負わせた事実は揺るがないだろう。
ミオが受けた心の深い傷と、奥底に巣食う負い目という病巣は、何としてでも取り除き、修復してあげなくてはならない。
それが出来るのは、ミオと四年ぶりの再会を果たし、里親になることを申し出て、我が家に迎え入れる事を決断した俺だけなんだ。
今後はより一層ミオに寄り添い、出来うる限りの愛情を注ぎ、もっと自由に伸び伸びと過ごさせてあげたい。
その愛情の一環として、俺はミオと、一緒に歯医者へ行くことに決めたのだった。
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