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14.二人の歯科検診(3)
それから電車に揺られて十五分、駅から徒歩でさらに十分ちょい歩いて我が家に帰り着くと、ミオが玄関までお出迎えしてくれた。
「お帰りなさい、お兄ちゃん!」
「ただいま。いい子にしてたかい?」
「うん。さっきまでね、お兄ちゃんが買ってくれたウサちゃんのぬいぐるみと遊んでたの」
そう答えるミオの微笑み顔は、まるで天使のようだった。
この子の笑顔は、権藤課長とのやり取りで受けたプレッシャーによる緊張を一気にほぐし、心の疲れを癒やしてくれる。
この尊い笑顔を守るためにも、俺が頑張らなくちゃな。
「すぐ着替えるから、少しだけ待っててな」
「はーい」
俺はスーツを脱ぎ、ワイシャツを洗濯機に放り込み、適当に服を見繕って着替えを済ませた。
別にこれからデートをするわけでもないのだし、検診を受けるのはミオなので、俺がおめかしをする必要はないだろう。
それよりも、もう予約の時間が差し迫っている。急いで歯医者に直行せねば。
ミオと一緒に家を出て、通学路とは反対の道を歩くこと、およそ十分。
俺たちは、学校が指定していた歯科医院、〝つげやま歯科クリニック〟へとやって来た。
ここは高級マンションの一階をテナントとして借りており、ごく最近開業したとのこと。
道理で、ガラス窓やら看板やらがピカピカしているわけだ。
となると、ここの先生は比較的若い人になるのかな?
まぁ年齢はこの際どっちでもいいか、とにかく腕のいい歯科医であってくれれば、俺もミオも安心なのだが。
というかなぜ俺は、ミオが虫歯治療してもらう前提で思案しているのか。
今日はただの検診だから、万が一虫歯があったとしても、診療時間の都合で今すぐに処置しましょう、という流れにはならないだろう。
だが、クリニックの前で俺の腕を抱いているミオは、ちょっと不安そうな顔をしている。
まだ一度も来たことのない歯医者だからな、その気持ちは痛いほど分かるよ。
かくいう俺も子供のころ、似たような経験をしている。
当時小学生だった俺は、初めて虫歯ができたという事で、やむなく歯医者さん通いをする事になった。
あの時は歯科医院の待合室で、院内に響き渡る子供の泣き叫ぶ声に恐れおののき、果たして自分は生きて帰れるのだろうかと、心配でガタガタ震えていたっけな。
あの悲鳴のような泣き声は心臓に悪かったし、麻酔なしで虫歯を削られた時の激痛も、嫌な思い出として鮮明に残っている。
その点、ミオは毎日欠かさず歯を磨いているから、たぶん虫歯の心配はないはずだ。
そんなミオでもここまで不安を抱くのだから、やはり歯医者というところは、子供が畏怖する施設の代表格なのだろう。
「ミオ、大丈夫?」
「うん。ちょっと怖いけど……」
「去年までは問題なかったんだろ? だったら今年も大丈夫だって」
俺はミオを精一杯励まし、その背中を押した。
検診の結果は歯科医院から学校に報告されるので、とにかく、受けないことには何も始まらない。
どこか悪かったら悪かったで、その道のプロから早めに処置を施してもらえるのだから、やっておくに越したことはないだろう。
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