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18.初めての通知表(9)

 通常、児童養護施設に入所している子供は、施設から近隣の学校に通う事になっている。  両親や親戚などの身寄りがいない子にとって、施設は唯一の保護者であり、そして家でもあるからだ。  その家である施設から通学して勉学に励み、夏休みには他の子と同じように課題をもらって帰り、各種イベントにも参加するのが一般的なようである。  だが、ミオのように、捨て子にされた事を知って心を閉ざし、大人に不信感を抱き、対人関係を持つ事を強く(こば)んできた子たちを、無理やり登校させるわけにはいかない。  そのため、ミオが入所していた施設では、独自の学習環境を構築し、職員が不登校児に勉強を教え、学校にも劣らない教育水準を維持してきたのだ。  だから、ミオは今の学校に途中編入したにもかかわらず、あんなにいい成績を取って帰ってきてくれたのだろう。  あの時、俺と再び出逢い、同じ家で暮らし始めた事によって、ミオは大きく変わった。  かつてミオを苦しめていた孤独感は、いつの間にか、すっかり消え去っていたのだ。  だから学校にも通えるようになったし、友達も男女を問わずたくさんできた。  そして少しずつだけど、俺以外の大人にも心を開きつつある。  前を向いて生きようとしているミオに、無理に暗い過去の事を振り返らせる必要は無いと思い、あえて学校に通っていなかった訳を聞かない事にしたのだ。 「ミオ、宿題で分からないところがあったら、遠慮せずに聞いてもいいからね。俺でよければいつでも教えてあげるよ」 「うん、ありがとう」  ミオは宿題の冊子をテーブルに置くと、俺の横に座り、もたれかかるように肩を寄せた。 「ねぇ。お兄ちゃん」 「……ん?」 「もっかい、甘えてもいい?」 「いいよ。いっぱい甘えておいで」  その返事を聞いたミオは、大喜びで俺の膝の上に乗っかり、その小さな体を俺の胸に預け、顔をうずめる。  明日から学校がお休みになる事で気持ちが開放的になったのか、少し大胆な甘え方だ。  俺はそんなミオの体を両手で抱き、背中を軽く、そして優しく、リズミカルにポン、ポン、ポンと叩く。  この子は頭なでなでの次に、こうされるのが大好きで、抱っこされた時はいつもおねだりしてくるのだった。 「好きだよ……お兄ちゃん。だーい好き」 「俺も好きだよ、ミオ」  さみしがりやなゆえに甘えんぼうで、だけど明るくて、いつも元気な笑顔を見せてくれる子猫系ショタっ娘、それが今のミオだ。  この子にとって大切なのは過去を振り返る事ではなく、これからの人生をいかに楽しく送っていくかという事。  だからこそ俺は全身全霊をかけて、この子の人生が楽しくなるような手伝いというか、サポートというか、とにかく支えてあげたいと思うのだ。  そして、これからやってくる人生のお楽しみ第一弾が、来週からのリゾートホテルへのお泊まりになる。  神様。ミオの思い出作りのためにも、絶対に、ぜーったいに、雨だけは降らせないでくれよな。

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