169 / 832

24.初めての海水浴(8)

「いやぁ、優しいなんて大げさなもんじゃないよ。これくらい普通だって」 「そんな事ないです! 僕、同じ男として、お兄さんにはすごく憧れちゃいます」 「そう言ってもらえると嬉し……えっ? 男?」 「はい! 男の子です。僕、如月(きさらぎ)レニィっていいます」 「そ、そっか。レニィ君、男の子だったんだね。すごくかわいいから、てっきり女の子かと思っちゃったよ」 「そんな、恥ずかしいです……」  と言いつつも、本人はかわいいと言われた事がまんざらでもないのか、ボールを抱っこしながらもじもじとしている。  まさかとは思いつつ、心のどこかでそんな気はしていたが、この子もミオと同じ〝ショタっ娘〟だったわけだ。  道理で男女の判別がつかないわけだよ。 「あの。よかったら、お兄さんのお名前も教えてもらってもいいですか?」 「うん、いいよ。俺は柚月義弘(ゆづきよしひろ)っていうんだ。よろしくね」 「はい! よろしくお願いします!」 「レニィ、早くボール持ってきてよー」  陰になったビーチパラソルの向こうから、レニィ君を呼ぶ少年の声がする。  たぶんこの子は、親兄弟と一緒に泊まりに来たんだろうな。 「あ! そろそろ行かなくちゃ。柚月さん、またお会いできますよね?」 「え? そうだなぁ、明日のチェックアウトまではホテルにいるから、それまでには会えるかもね」 「また、お話できるのを楽しみにしてますね。それじゃ僕はこれで……ほんとにありがとうございました!」  レニィ君は深々とお辞儀をすると、ボールを大事そうに抱え、彼方へと走り去っていった。  かわいくて礼儀正しい子だったなぁ、名前から察するに、あの子はハーフなのかな?  あるいはキラキラネームだったりして。  また話ができる事を楽しみにしているって言ってたけど、もしかして、俺なんかに一目惚れしちゃったのだろうか?  いや、まさかな。  とにかく、ボールの一件もこれで片付いたことだし、そろそろ砂遊びの方に戻ろう。  かと思って後ろへ向き直したら、さっきのやり取りを遠目で見ていたミオの表情が一変していた。 「……むー」 「ミ、ミオ? どうしたんだい?」 「お兄ちゃん、今の子と仲良くしてたー」 「いっ!?」  ヤバい、このジト目は俺を疑っている時の目つきだ!  ひょっとして、さっきのレニィ君とのやり取りを見て、ミオがやきもちを焼いてしまったのか?  だとしたら、変にこじらせないうちに、誤解をといておかなくてはならない。 「ミオ、違うんだよ。今のはちょっと名前を聞かれただけで……」 「浮気してたんじゃないの?」 「う、浮気って。そんなわけないじゃん」 「ほんとかなぁ。お兄ちゃん優しいから、他の子にも好かれそうだもんね」  俺を疑っているのか褒めているのか、どっちつかずな発言だが、とにかくミオにとっては、あの子と会話していたのが浮気だと映ったらしい。  俺に一切やましい事は無いというのに、何だか針のむしろに座らされているような気分だ。

ともだちにシェアしよう!