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26.夏のマリンアクティビティ(11)

 ところで、このグラスボートの目玉であるウミガメは、果たして見られるんだろうか。  今のところ、この船底から見えるのは、青い海に映えるカツオの群れだけだぞ。  他には目ぼしいものも無いので、しばらくカツオの泳ぐさまを写真に収めていると、俺たち以外の客が、何かを見つけて指を差し、にわかに騒ぎ出した。 「……あ! お兄ちゃん、ウミガメだよ!」 「え。ほんとに?」  俺はカツオの撮影を止め、ミオに教えられた場所に注目する。  すると、海底近くの深いところで、一匹の大きな何かが、前足と後ろ足で水をかき分け、ゆるーい速度で遊泳していくのが確認できた。  間違いない。あれこそ、この海底観察ツアーで一番の見どころである、ウミガメの泳ぐ姿だ。 「うーん。いいタイミングで見られたのはラッキーだけど、ちょっと遠いなぁ」 「だよね。ずーっと深いところにいるもんね」 「これじゃあ写真を撮って現像しても、たぶん何だか分からないと思うな」 「ウミガメって一匹だけなのかな?」 「どうなんだろ。つがいで行動しているところは見た事がないから分かんないけど……ここらにいるのが一匹だけだったら、逆に何をしているのかは気になるよね」 「そだね。実は遊びに来てるのかも?」 「はは、それはあり得る話かもな」  なんて話をしていると、再び船長さんからのアナウンスが流れてきた。 「ここ、ウミガメ観察ポイントは、今ご覧いただいているアオウミガメの休憩所になっており、多い時では、最大で三匹のアオウミガメを確認することができます」  ここがウミガメの休憩所?  パッと見た感じ、平べったいサンゴ礁が広く群生しているだけのようだけど。 「ねぇお兄ちゃん。ウミガメって青いの?」 「んー。名前からして青そうではあるけどね。たぶんここのウミガメは、海の水が綺麗だからそう見えるんだろうな」 「だからアオウミガメって名前なのかな?」 「それは難しい質問だなぁ。ちょっと調べてみるか……」  さすがにウミガメに関してはほぼ無知に等しいので、スマートフォンを使ってインターネットに繋ごうとしたら、なんと通信圏外だった。  これだけ沖合いに出てりゃあ、そうなるか。 「ごめんミオ、ネットに繋がらないから今は分かんないや。ホテルに戻ったら調べてみよっか」 「うん。じゃあボクは、アオウミガメの名前だけ覚えておくね」 「――なお、アオウミガメはサンゴ礁や岩礁で体を休め、甲羅に付着した虫などを魚に食べてもらう習性があります。その身を綺麗にしてもらう場所という意味で、この休憩所は〝クリーニングステーション〟とも呼ばれております」  へーぇ、ここがウミガメ観察ポイントと言われてるわけは、休憩と体のクリーニングのために、定期的に訪れる場所だからなのか。  よくもまぁ、こんなピンポイントな観察スポットを見つけ出したもんだなぁ。ホテルの企業努力にはほとほと頭が下がるよ。 「お兄ちゃんお兄ちゃん、ウミガメが近くに来たよー」 「おお、それじゃ写真を撮るか。ミオ、もっとこっちにおいで」  俺は船底の窓近くにミオを誘導し、気まぐれで浮かんできたアオウミガメとのツーショットを撮影した。  うん、フレームには窓を覗き込む他の客まで入ってしまったが、写真の出来自体はなかなかいい。 「あ。ウミガメ行っちゃったー。お兄ちゃんと一緒の写真も撮りたかったのにぃ」 「まぁまぁ、仕方ないよ。めったにないチャンスだからね。それより、ウミガメが見られてよかったな」 「うん! すごく楽しかったよー。ありがとね、お兄ちゃん」  そうお礼を言ってくれた時の、ミオの朗らかでキュートな笑顔。  俺はずっとずっと、忘れることはないだろう。  宿泊二日目に企画していた海水浴とマリンアクティビティ、いずれもミオに喜んでもらえる結果になって、ほんとによかった。  ちょっとだけ疲れたけど、この子の楽しい思い出作りのためなら、これくらいは安いもんだ。  さて、ホテルに帰ったら、佐藤と会社へのみやげ物を買いに行くとしますか。

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