216 / 833
29.初めてのカラオケ(4)
「え? もう始まってる!? ほ、吠えろー吠えろーよぉー男の海でぇー」
歌い出しを見誤ったユニィ君が、大慌てでマイクを持ち、スイッチを入れて歌い出した。
「讃 えよぉー砲弾んー、海の女神は俺たちのものさぁー」
「あははは。ユニィ君の歌い方おもしろーい」
「もう、ユニィったら足を開きすぎだってば……」
カラオケというのは部屋中に響き渡る大音量が売りなのだが、実はこの子たちがその音量に驚きはしないかと、さっきまで心配していたのだ。
特に、普段のミオは大きな音が苦手なので、ビックリしてしまってカラオケが嫌になるかも知れない、という懸念はあった。
ただ、今のミオの反応を見るに、どうやら音の大きさよりも、ユニィ君の歌うスタイルと、そのキャッチーなメロディを純粋に楽しんでいるようである。
ところでこの曲の歌詞、哲学的な疑問になるが、海賊の言う〝男の海〟って何なんだろうな。
このアニメには、海賊のお頭が実は女性だった、みたいな逆のパターンは無いのかねぇ。
「ねぇお兄ちゃん」
ユニィ君の歌声を聴きつつ、歌詞が流れる画面を見つめていると、ミオが対面のソファーを離れ、俺の隣に座ってきた。
「ん? 歌いたい曲決まった?」
「まだだよー。先に、お兄ちゃんの歌が聴きたいなって思って来たの」
「そっか。じゃあ、俺も予約しちゃうか」
「うん! 予約してー」
俺はテーブルに置かれていたデンモクを手に取り、曲の検索にかかる。
「この〝本人映像〟って何だろう。ミュージックビデオみたいなもんかな」
「ミュージックビデオ?」
「えーと。例えば歌手が新曲を出すときにね、本人が歌っている映像を収録して、それをテレビ局とかに売り込むんだよ。それがミュージックビデオっていうの」
「そうなんだ。でも、その本人映像から探すのって大変じゃないの?」
「まぁそうだな。まず、歌手の名前を知らないと検索できないしね」
「だよね。ボク、曲の名前は分かるけど、誰が歌ってるのかまでは知らないもん」
という返事を聞くに、子供にとっては、曲のメロディや歌いやすさ、話題性なんかを重視する事が多いのだろう。
俺も小さい頃はそうだったから分かる。
特にアニメソング、いわゆるアニソンを歌う人はなかなか音楽番組に出てこないし、そもそも、ミオくらいの歳の子は言うほど音楽番組に興味が湧かないし。
だから本人映像が流れる曲を歌っても、たぶんこの子たちにはピンと来ないと思う。
「うーん、いざとなると悩むな。ミオ、何か聴きたい曲ある?」
「んー? ボクがお願いしてもいいの?」
「いいよ。俺が知ってる曲ならだけどね」
「じゃあ、『魔法少女プリティクッキー』歌ってー」
「えっ!?」
ミオの思わぬリクエストに、俺は激しく狼狽 してしまった。
確かに俺が知っている曲ではあるけどさぁ、まさかガチガチの少女アニメ『魔法少女プリティクッキー』を持ってくるとは。
しかも歌ってる人、もろにキーが高い女性じゃん。
ともだちにシェアしよう!