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29.初めてのカラオケ(4)

「え? もう始まってる!? ほ、吠えろー吠えろーよぉー男の海でぇー」  歌い出しを見誤ったユニィ君が、大慌てでマイクを持ち、スイッチを入れて歌い出した。 「(たたえ)えよぉー砲弾んー、海の女神は俺たちのものさぁー」 「あははは。ユニィ君の歌い方おもしろーい」 「もう、ユニィったら足を開きすぎだってば……」  カラオケというのは部屋中に響き渡る大音量が売りなのだが、実はこの子たちがその音量に驚きはしないかと、さっきまで心配していたのだ。  特に、普段のミオは大きな音が苦手なので、ビックリしてしまってカラオケが嫌になるかも知れない、という懸念はあった。  ただ、今のミオの反応を見るに、どうやら音の大きさよりも、ユニィ君の歌うスタイルと、そのキャッチーなメロディを純粋に楽しんでいるようである。  ところでこの曲の歌詞、哲学的な疑問になるが、海賊の言う〝男の海〟って何なんだろうな。  このアニメには、海賊のお頭が実は女性だった、みたいな逆のパターンは無いのかねぇ。 「ねぇお兄ちゃん」  ユニィ君の歌声を聴きつつ、歌詞が流れる画面を見つめていると、ミオが対面のソファーを離れ、俺の隣に座ってきた。 「ん? 歌いたい曲決まった?」 「まだだよー。先に、お兄ちゃんの歌が聴きたいなって思って来たの」 「そっか。じゃあ、俺も予約しちゃうか」 「うん! 予約してー」  俺はテーブルに置かれていたデンモクを手に取り、曲の検索にかかる。 「この〝本人映像〟って何だろう。ミュージックビデオみたいなもんかな」 「ミュージックビデオ?」 「えーと。例えば歌手が新曲を出すときにね、本人が歌っている映像を収録して、それをテレビ局とかに売り込むんだよ。それがミュージックビデオっていうの」 「そうなんだ。でも、その本人映像から探すのって大変じゃないの?」 「まぁそうだな。まず、歌手の名前を知らないと検索できないしね」 「だよね。ボク、曲の名前は分かるけど、誰が歌ってるのかまでは知らないもん」  という返事を聞くに、子供にとっては、曲のメロディや歌いやすさ、話題性なんかを重視する事が多いのだろう。  俺も小さい頃はそうだったから分かる。  特にアニメソング、いわゆるアニソンを歌う人はなかなか音楽番組に出てこないし、そもそも、ミオくらいの歳の子は言うほど音楽番組に興味が湧かないし。  だから本人映像が流れる曲を歌っても、たぶんこの子たちにはピンと来ないと思う。 「うーん、いざとなると悩むな。ミオ、何か聴きたい曲ある?」 「んー? ボクがお願いしてもいいの?」 「いいよ。俺が知ってる曲ならだけどね」 「じゃあ、『魔法少女プリティクッキー』歌ってー」 「えっ!?」  ミオの思わぬリクエストに、俺は激しく狼狽(ろうばい)してしまった。  確かに俺が知っている曲ではあるけどさぁ、まさかガチガチの少女アニメ『魔法少女プリティクッキー』を持ってくるとは。  しかも歌ってる人、もろにキーが高い女性じゃん。

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