217 / 833
29.初めてのカラオケ(5)
「……ダメ?」
「ダ、ダメじゃないよ。ちょっと意外だったなーって思っただけだから。それじゃ曲探すね」
「やった! お兄ちゃんありがとうー」
ミオが大喜びでぎゅーっと抱きついてくる。
そんな俺たちの姿が微笑ましい親子愛に映ったのか、レニィ君はまるで母親のような、柔和な笑顔でこちらを見つめていた。
やれやれ、まいったなぁ。
ミオがリクエストした『魔法少女プリティクッキー』は、『海賊三国志』の前に放映している女の子向けのアニメだ。
某テレビ局は、午前九時からの三十分は女の子、そして九時半からは男の子の時間として、それぞれアニメ枠を取っているのである。
この作品は、ミオと一緒に歯科検診に行った時に、ミオが読んでいた、アニメコミックスにもなっている有名なものだ。
〝お菓子の国〟から来た妖精に助けを請われた一人の女の子が、お菓子でできたコスチュームを着て魔法少女となり、悪の手先と戦う三十分。
絵柄も曲もかわいい事この上ないアニメだから、本来は女の子向けなのだが、ミオはクラスメートの女の子たちから普通に同性扱いされるため、このアニメの話題が自然と耳に入り、気になった結果、毎週観るようになったのである。
そんなプリティクッキーを、隣で一緒になって観ていたのは誰あろう俺なのだから、こういうリクエストになったのだろうけど、いかんせんこの歌は原曲キーが高すぎる。
だからといって、空気を読まずに地声の低音で歌うのもなぁ。
「ありがとうございましたー」
主題歌を検索している間に、ユニィ君が『海賊三国志』の曲を歌い終えたので、俺たちは拍手で迎えた。
「ユニィ君、すっごくうまかったよー」
「ありがと。ちょっとミスっちゃったけどね」
さすが弟君は活発なだけあって、振り付けを交えて歌っていたわけだが、あれって即興の自己流なのかな。
だとしたら、この子はとんだ役者さんだよ。
……よし、俺も一丁やるか。
うちのかわいい子猫ちゃんたっての希望なんだし、ここは腹をくくって、血管が切れるくらい頑張って高音を出すとしよう。
「あ! 『魔法少女プリティクッキー』だ! 未央 さんが歌うんですか?」
モニターに表示された曲名を見て、レニィ君が即座に反応する。
もしかして、この子もプリティクッキーのファンなのかな。
「んーん、違うよー。お兄ちゃんが歌ってくれるの」
「あんなに高い声の歌をですか? 柚月 さんすごいです!」
「いやいや。まだ、ちゃんと歌えるかどうか分かんないから」
「このアニメの曲、レニィも好きなんだよねぇ」
先ほど歌い終わったばかりのたユニィ君が、お兄ちゃんの秘密を次々と暴露していく。
「ちょっ、ユニィ!」
「ぼくはその間ゲームしてるから知らないけど、レニィは毎週欠かさず観てるし、テレビの前で一緒になって歌ったりしてるじゃん」
「それを言わないでぇ……」
女の子向けのアニメを観ているだけでなく、主題歌を歌ったりしているのがバラされて恥ずかしいのか、レニィ君は火照った顔を覆い隠してしまった。
ともだちにシェアしよう!