223 / 833
29.初めてのカラオケ(11)
「そうなんだ! レニィ君ってすごいんだねー」
「いえいえ、そんな事ないです! 僕、英語はできても、算数と体育がすごく苦手だから……」
体育というか運動神経については、初めて出会った時から話を聞いて分かっていたけど、算数が苦手だってのは、意外な弱点だな。
一学期の通知表で、最高の成績を収めたうちのミオとは対照的だ。
「ぼくも英語使えるよぉ。と言ってもレニィほどじゃないけどさ」
「ユニィは英語と運動意外は全部苦手なんだよね。この間の理科の成績なんて……」
「わーっ! それ言っちゃダメだよっ」
よほど目も当てられない結果だったのか、成績の事をバラされそうになったユニィ君が、大慌てでお兄ちゃんの口を塞ごうとしている。
「ははは。ほら、もう歌が始まるよ」
「あ、はい。頑張ります!」
マイクを持ったレニィ君は、歌い出しを見誤りこそはしたものの、すぐにタイミングを取り直し、ネイティブな英語で歌い始めた。
メロディを聴き、タイトルを見て思い出したが、俺はこの曲も知ってるな。
日本においてはコンピレーションアルバム、つまり、様々な海外アーティストのヒット曲を収録したオムニバスCDの常連さんになっている。
原題を和訳すると『キスして』になるこの曲は、女の子の気持ちで歌詞が書かれていて、当然ボーカルも女性である。
とにかく「キスして」のフレーズが印象的で、かつ、ボーカルのかわいい歌声が男たちのハートを鷲掴 みした事で、この曲は世界中で愛されるようになったのだ。
歌詞の意味を知っているレニィ君は、やっぱり女の子の立場になって歌っているのかな。
だとしたら、誰にキスして欲しいんだろう。
もしかすると、この子が通う学校内に、気になる女……いや、男の子がいるのかも知れないな。
「ねぇお兄ちゃん」
レニィ君が歌っているさなか、ミオが声を殺し、耳打ちをするかのようにささやきかけてきた。
「ん? どうしたんだい?」
「この曲って、どんな事を歌ってるの?」
「そうだなぁ。平たく言うと、いろんなシチュエーションでキスして欲しいって、女の子の気持ちを歌ってるんだよね」
「んー?」
あ、シチュエーションはミオには難しい横文字だったか。
「よく分かんないけど、キスして欲しいの?」
「うん。まぁそういう事だよ」
「ふーん。キスって、どんな感じなのかなぁ」
ミオはそう言うと、胸の前で両手を組み、目を閉じて考え込み出した。
そうか、ミオはまだ、誰とも直接的なキスをした事が無いんだな。
つまり、この子のファーストキスは、まだ誰のものでもないと。
って事は、その〝初めて〟は、お婿さんになる予定の俺がもらってもいいって話になるのか?
……いやいや、一体何を考えているんだ俺は。
いくらお嫁さんになりたいくらい好かれているといっても、今のミオはまだ十歳のショタっ娘だぞ。
そんな幼い子と俺が接吻 しようだなんて、早すぎるにも程がある。
ともだちにシェアしよう!