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29.初めてのカラオケ(11)

「そうなんだ! レニィ君ってすごいんだねー」 「いえいえ、そんな事ないです! 僕、英語はできても、算数と体育がすごく苦手だから……」  体育というか運動神経については、初めて出会った時から話を聞いて分かっていたけど、算数が苦手だってのは、意外な弱点だな。  一学期の通知表で、最高の成績を収めたうちのミオとは対照的だ。 「ぼくも英語使えるよぉ。と言ってもレニィほどじゃないけどさ」 「ユニィは英語と運動意外は全部苦手なんだよね。この間の理科の成績なんて……」 「わーっ! それ言っちゃダメだよっ」  よほど目も当てられない結果だったのか、成績の事をバラされそうになったユニィ君が、大慌てでお兄ちゃんの口を塞ごうとしている。 「ははは。ほら、もう歌が始まるよ」 「あ、はい。頑張ります!」  マイクを持ったレニィ君は、歌い出しを見誤りこそはしたものの、すぐにタイミングを取り直し、ネイティブな英語で歌い始めた。  メロディを聴き、タイトルを見て思い出したが、俺はこの曲も知ってるな。  日本においてはコンピレーションアルバム、つまり、様々な海外アーティストのヒット曲を収録したオムニバスCDの常連さんになっている。  原題を和訳すると『キスして』になるこの曲は、女の子の気持ちで歌詞が書かれていて、当然ボーカルも女性である。  とにかく「キスして」のフレーズが印象的で、かつ、ボーカルのかわいい歌声が男たちのハートを鷲掴(わしづか)みした事で、この曲は世界中で愛されるようになったのだ。  歌詞の意味を知っているレニィ君は、やっぱり女の子の立場になって歌っているのかな。  だとしたら、誰にキスして欲しいんだろう。  もしかすると、この子が通う学校内に、気になる女……いや、男の子がいるのかも知れないな。 「ねぇお兄ちゃん」  レニィ君が歌っているさなか、ミオが声を殺し、耳打ちをするかのようにささやきかけてきた。 「ん? どうしたんだい?」 「この曲って、どんな事を歌ってるの?」 「そうだなぁ。平たく言うと、いろんなシチュエーションでキスして欲しいって、女の子の気持ちを歌ってるんだよね」 「んー?」  あ、シチュエーションはミオには難しい横文字だったか。 「よく分かんないけど、キスして欲しいの?」 「うん。まぁそういう事だよ」 「ふーん。キスって、どんな感じなのかなぁ」  ミオはそう言うと、胸の前で両手を組み、目を閉じて考え込み出した。  そうか、ミオはまだ、誰とも直接的なキスをした事が無いんだな。  つまり、この子のファーストキスは、まだ誰のものでもないと。  って事は、その〝初めて〟は、お婿さんになる予定の俺がもらってもいいって話になるのか?  ……いやいや、一体何を考えているんだ俺は。  いくらお嫁さんになりたいくらい好かれているといっても、今のミオはまだ十歳のショタっ娘だぞ。  そんな幼い子と俺が接吻(せっぷん)しようだなんて、早すぎるにも程がある。

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