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30.さらば、リゾートホテル(2)

「今日は、お誘いしてくださってほんとにありがとうございます」 「はは、そんなに改まらなくてもいいんだよ。それより、カラオケは楽しめたかい?」 「はい! 初めてな事が多くて、少し戸惑いましたけど、好きな曲を楽しく歌えました」 「良かった。それを聞いてホッとしたよ」 「あと、柚月さんと一緒に歌えたのもすごく嬉しかったです」  そうそう。俺はミオとの次に、レニィ君の強い希望で、やはりデュエットを歌ったんだった。  ロビーラウンジでミオが言っていたように、レニィ君は父親としての俺に憧れを持ち、甘えたくなってデュエット曲をリクエストしたんだろう。  あのデュエットでこの子の父親代わりを果たせたかどうか心配だったが、ここまで喜んでくれたのなら、一緒に歌った甲斐はあったかな。 「レニィ君、英語の歌上手だったよー」 「あ、『Kiss Me』の事ですよね。あれ、うちのママが大好きな曲で、いつも聴かせてもらってたんです」 「そうなんだー。ねね、レニィ君ってキスして欲しいの?」 「え!? えっと、その……」  ミオからストレートな質問をぶつけられ、赤面したレニィ君は一瞬言葉に詰まる。 「あはは、ごめんねレニィ君。ミオはさ、今日あの曲の意味を知ったばかりだから」 「い、いえ、いいんです。僕は素敵な人がいたら、あのぉ、キスして欲しいなって思います」  顔を赤くしたままのレニィ君は、そう答えると同時に、俺の顔を見上げた。  ん? 今の発言とその視線はもしかして、俺にキスして欲しいというサインなのか?  まさかな。繰り返しになるが、この子は俺に理想の父親像のような憧れを抱いているのであって、恋心ではないはずだ。  おそらく。  でも、仮にレニィ君と二人っきりでこのセリフを聞かされた時、その場の勢いで俺がキスしようとしたら、きっとこの子は静かに受け入れるんだろうな。  そして二人はまさかの恋仲に……。  なんて妄想をしていると、右隣で話を聞いていたミオが何かを察したのか、俺の服の袖をギュッと掴んできた。  さすがは女、もとい、ショタっ娘の勘だ。  何も言わずに微笑んではいるが、行動で「浮気はダメなんだからね」というメッセージを送ってきているように見える。  そうだよな。俺が結婚の約束をした相手は、うちのかわいいミオなんだから、ちょっと気のあるセリフを聞かされたからといって、変な想像をかきたてるのは無しだよ。  俺は「大丈夫だよ」という意味を持たせて、ミオの頭を優しくポンポンした。  ミオにとって、頭をポンポンされたり撫でられたりするのは最高の愛情表現だと思っているので、ミオに対する俺の意思表示としては、これで充分だろう。  今は如月兄弟がいるから、この場で、これ以上イチャイチャするのはさすがにまずい。  いかに警戒しているとは言えども、ミオもその辺の空気は読める子だし、今日はレニィ君に甘えさせてあげると言っていたので、今のところ、俺へのスキンシップは極力控えめにしている。  まだ子供なのにそんな気遣いができるミオは、改めて、ほんとに心の優しい子だと思う。浮気でさえなければ、お嫁さんになりたいくらい好きになった男が、他の子と仲良くなるのを許してくれるんだから。  もっとも、この場合の仲良くするってのは、あくまで親代わりとして、だけど。

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