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33.夜のデートはイカ尽くし(10)

 ただ、である。  盆休み中に海へ行く事に一抹の不安を抱かずにはいられないため、この子にそのプランを提案するのは相当なためらいが生じるのだ。  その不安というのは、昔から言い伝えられてきた「足を引っ張られる」という事故が起こらないか、というもの。  この国においてお盆とは、亡くなった人の霊がこの世に戻ってくる日であるとされているが、まともに供養されなかった死者の霊は、行き場を無くし、海に集うのだと聞いた事がある。  その霊が、海に遊びに来た人の足を引っ張って水難事故を起こし、命を奪うという言い伝えがあるのだ。  だから、自分の命を守るためにも、盆休みには海へ遊びに行ってはいけないと、昔から強く言い聞かせられてきたのである。  たとえ海で泳ぐ訳ではないにしても、魚釣りに行って、不測の事態が起こるおそれが無いとは言えない。  そう考えると、ミオをお盆休み中、イカ釣りに誘う事はやはり避けるべきだろう。  でも、ミオはこんなにもイカ釣りを楽しみにしているんだしなぁ、いつかは連れて行ってあげたいよな。  ……ところでこのお店の生簀なんだが、どうして傍らに釣り竿を立ててあるんだろう。  料理用のイカをすくい上げるためなら、タモが一本か二本あれば事足りるはずだよな。  もしかして――。 「ミオ」 「ん? なぁに? お兄ちゃん」 「イカ釣り、今できるかも知れないよ」 「え、ほんと?」 「あそこの生簀に釣り竿があるだろ? きっとあれを使って、お客さんにもイカ釣り体験をさせてくれるんだよ」 「そうなんだ! じゃあ、ボクも釣ってみてもいいの?」  念願のイカ釣りが叶うかも知れないという事を聞いたミオは、期待に胸を膨らませ、身を乗り出して尋ねてくる。 「お店がOK出してくれるならね。さっそく頼んでみるかい?」 「うん! イカ釣りやりたーい」 「よし、それじゃあ店員さんを呼んで聞いてみよう。ミオ、ボタンを押してくれる?」 「はーい」  ミオがテーブルの端に設置されている呼び出しボタンを押すと、程なくして、店員さんが料理と飲み物を持ってやって来た。 「お待たせいたしました。こちら、茹でイカと夏野菜のサラダになります」  俺たちが急かすがあまり呼び出したと思ったのか、店員さんは若干恐縮した様子で、料理と飲み物をテキパキと並べていく。 「あっ、すみません。今呼んだのは、生簀の事でお聞きしたい事があって……」 「承ります。どういったご用件でしょうか?」 「生簀で泳いでいるイカなんですけど、あれは客が釣ってもいいんですか?」 「はい。当店ではお客様がお召し上がりになりたいイカの釣りを体験できるよう、釣り竿と専用の仕掛けをご用意しております」  おお、やっぱり俺の予想通りか。  ここはレクリエーションの一端として、確実に釣れるイカ釣りを体験させてくれるお店だったんだ。

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