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36.初めてのデパート(1)
「見てごらん、ミオ。あれがデパートだよ」
「わー。すごく高ーい」
近隣の有料駐車場から見える、八階建ての巨大な建造物を初めて目にしたミオは、その大きさに驚き、そして心を躍らせている。
俺が子供の時も、初めて地上からデパートを見上げた時は、おおむね似たような感想を抱いたもんだ。
さすがに横幅こそは、こないだ泊まったリゾートホテルには劣るものの、それでも大きいことには変わりない。
でもって、デパートってのは、お店に入ってからがほんとのお楽しみだからな。
この夢のような建物に詰まった魅力を、余すことなく味わってもらうのも、今日の目的の一つだ。
果たしてうちの子猫ちゃんは、デパートの何が一番のお気に入りになるのかな。
「んじゃ行こっか。ミオ」
「うん」
車を停めた駐車場から出て、徒歩でわずか一分ほどのところにそびえ立つデパートは『京楓屋 』という、地元では有名な老舗《しにせ》百貨店だ。
百貨店とデパートは何が違うのかというと、ただ和名で呼んでいるか、デパートメント・ストアを縮めてデパートという和製英語で呼んでいるかといった、ほんの些細なものに過ぎない。
原則として、大きな建物の中に、ありとあらゆる専門店が立ち並ぶ業態にほぼ変わりはないので、どちらで呼ぼうが構わないようである。
もっとも、そのお店が『○○百貨店』という店舗名だったら、無理やりデパート呼びする事はないんだけれども。
でも、俺みたいな大人の男が童心をくすぐられる呼び方は、やっぱりデパートなんだよなぁ。
という事で、仲良く手を繋いだ俺たちは、京楓屋というデパートの回転扉を押し開け、期待に胸を膨らませながら、入店への歩を進めたのだった。
京楓屋は防音を考慮した二重扉の構造になっているので、回転扉と二枚目の扉の間にある壁には、初来店の客でも分かりやすいフロアガイドが掲示されている。
俺たちはまず、そのフロアガイドを見ながら、浴衣を売っているショップが何階にあるのかを探すことにした。
「うわぁ。売り場の名前がいっぱい書いてあるね、お兄ちゃん」
「そうだな。この売り場だけで、どこに浴衣があるのか推定するのは大変そうだね」
「んー。浴衣って、ここの何とか服売り場でいいのかな?」
と、ミオがフロアガイドの四階にある、紳士服売り場を指差す。
ミオが「何とか」と読んだのは、紳士という漢字がまだ未修だから、読み方を知らなかったのだと思われる。
おそらく、この子はこの子なりに、浴衣を取り扱っているフロアを下の階から探していて、真っ先に目についた服売り場のある四階を指差したのだろう。
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