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36.初めてのデパート(8)

「まぁそういうこっちゃ。オレがさっき言うた情報通の話、忘れたらアカンで」 「ああ、分かったよ。ありがとな佐藤」  佐藤って、こと私生活の知恵だとか、合コンのセッティングのような仕事以外の件だと、ほんとに頼りになるんだよなぁ。  仕事は人並み、だけど流行と女の子に対する嗅覚は五割増し。それがこの佐藤という男なのである。 「じゃあ俺たち、もう行くよ。勝負服、見つかるといいな」 「おう。ほなミオちゃん、また今度|会《お》うた時には、茶ーでもしばきに行こか」 「え? ……あ、はい。さようならー」  ミオが一瞬、困惑したような表情を見せた後、再度頭を下げ、佐藤に手を振ってバイバイする。  そして、店舗の中に入っていく佐藤を見送った俺たちは、しばしの休憩を取るべく、エスカレーター付近にあるベンチへ腰掛けたのだった。 「ねぇお兄ちゃん」 「ん?」 「佐藤さんが言ってた、『チャーデモシバキニイコカ』ってどういう意味なの?」 「うふっ」  いかんいかん。ミオが佐藤の言葉を、まるで呪文でも唱えるかの如く反復したので、思わず吹き出してしまった。 「えーと、佐藤はこう言いたかったんだよ。『今度お茶でも飲みに行こうか』ってね」 「そうなんだ! ボク、全然意味が分かんなくて、どう返事していいのか困っちゃったの」 「まぁ仕方ないな。あいつは誰にでも関西弁でしゃべるから、こっちの人には通じない言葉も多いし」 「でも、お茶ってどこで飲むの?」 「喫茶店だよ。ほら、ミオが初登校の日、ミックスジュースを飲みに行ったあのお店」 「んー? じゃあ、喫茶店にお茶が置いてあるってこと?」  ミオが小首を傾げながら尋ねてくる。  おそらくこの子は、喫茶店が緑茶や烏龍茶などを取り扱っているのを想像して、何らかの違和感を覚えたのだろう。 「いやいや。この場合のお茶ってのは、要するにコーヒーの事なんだよ」 「コーヒー?」 「そう。コーヒー。あとは紅茶とか」 「コーヒーってお茶なの?」 「厳密には違うんだろうけど、喫茶店で出すものを飲んだり食べたりする時は、全部引っくるめて『お茶をする』って言うのさ」 「え。食べ物もお茶に入るんだ? 変なのー」  お茶するの定義があまりにも広義すぎるためか、ミオにとっては納得がいかないようだ。 「でもボク、コーヒーは苦くて飲めないから、ミックスジュースの方がいいなぁ」 「はは。それじゃあ、今度またあの喫茶店に行って、ミックスジュースを飲ませてもらおっか」 「うん! ありがとうお兄ちゃん」  また、あのおいしいミックスジュースが飲める事に大喜びしたミオは、幸せそうな表情で、俺の腕にぎゅーっと抱きついてきた。  悪いな佐藤。お前のお茶の誘い、ショタっ娘ミオの心にも響かなかったようだ。

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