303 / 832

36.初めてのデパート(10)

 そういや、あの二重扉をくぐってすぐのところに何かあったか、俺もそれらしい記憶がない。  まさか、ここ、京楓屋はインフォメーションカウンターを置いていない店だとか?  さすがにそれは無いと思うが、まいったなぁ。  浴衣を探すために、インフォメーションカウンターがどこにあるのかを、さらに探さなきゃならないなんて。 「とりあえず一階に戻って、もう一度フロアガイドを見直してみるしかないか」 「そだね」 「ごめんな、二度手間になっちゃって」 「んーん、いいの。ボク、こんなにおっきな建物に入ったの初めてだから、探検するみたいで楽しいよー」  嫌な顔ひとつせず、俺をフォローしてくれるミオの心遣いが身に沁みる。  これがあの元カノだったら、さんざん罵声を浴びせられた後、その場で現地解散になっていたに違いない。  今の彼女が心優しいミオでほんとに良かった。  紳士服売り場では佐藤に会った以外、これといった収穫を得られなかったので、俺たちはエスカレーターに乗り、再び一階を目指す。  エレベーターの到着を待っても良かったのだが、ミオはエスカレーターに乗るのも初めてなので、いい経験になるかと思ってこちらを選んだ。 「お兄ちゃん、これすごいね! 階段が動いてるみたーい」 「そうだろ? 乗ってるだけで自動的に上り下りしてくれるから、すごく便利なんだよ」 「ねね、このえすかれーたーって、進む方向と逆の事したらどうなるの?」 「え? 例えばこの下りのエスカレーターに逆行して、上ってみるみたいな事?」 「うん」 「昔そういう悪ガキがいたなぁ。よほどしんどかったのか、途中で上るのを諦めてたけど」 「悪ガキ?」 「そ。やっちゃいけない決め事を破って、危ないマネをする悪い子の呼び名さ」 「じゃあ、えすかれーたーの反対に行っちゃダメなんだね」 「ヘタするとケガしちゃうからな。エスカレーターって言っても、高い階段みたいなものなんだし、もし転げ落ちたりしたら大変な事になるだろ?」 「うんうん」 「それから、エスカレーターを使う時は、駆け下りたり急ぎ足で上ったりするのもダメだよ。しっかりと手すりを持って、おとなしく移動しような」 「はーい」  俺と並んで腕を組んでいたミオは、改めて、エスカレーターの手すりをギュッと握りしめた。  ミオはほんとに物分りがいいと言うか、とにかく素直で俺の言いつけをよく守ってくれるので、子育てに関しては手を焼いた事がただの一度も無い。  ここまでお利口さんなショタっ娘に育ったのも、児童養護施設にいたころに受けた、厳しいしつけの賜物(たまもの)なんだろうな。

ともだちにシェアしよう!