343 / 832
38.義弘お兄ちゃんの懸案事項(5)
いかに不可抗力であるとは言え、その視線に気が付いたら、ミオはきっと幻滅するんだろうなぁ。
許してくれ。俺はショタっ娘の後ろ姿に胸をときめかせてしまう、罪作りな男なんだよ。
「ねぇお兄ちゃん。今度は左の方に曲がってみるね」
「え!? あ、ああ。頼んだよ」
いかんいかん。思いっきり自分の世界に浸っていたがあまり、ミオの話を聞き逃すところだった。
「少しは慣れてきたかい?」
「うん! パンダさん動かすの、すごく楽しいよー」
ミオはゆっくりとした速度に慣れると同時に、穏やかな音楽にて結構リラックスできたようで、今ではパンダさんを自由自在に動かし続けている。
そのひたむきな後ろ姿が微笑ましくもあるし、また、頼もしくも見える。
対象年齢がかなり低く設定されている乗り物だから、あるいは退屈するかもという考えがよぎりはしたが、心から楽しんでくれているようで、ほんとに良かった。
「ねね。お兄ちゃんも、ボクくらいの時にこれ乗った事あるの?」
「あるよ。と言っても、俺の時はパンダじゃなくて、大きなワンちゃんだったけどね」
「ワンちゃんなんだー。それって遊園地で?」
「そうそう。俺の実家から車で三十分くらいのところの遊園地なんだけど、今でもあるかなぁ」
「ん? 〝じっか〟ってなぁに?」
「実家ってのは、俺が生まれ育った家の事さ。今では、親父とお袋が住んでるんだけど、のどかでいいところだよ」
「そう、なんだ。いいなぁ……」
さっきまで楽しそうにしていたミオが運転の手を止め、うつむきながら呟いた。
生みの親に捨てられ、孤児 として児童養護施設で育ったミオにとっては、実家というものが無い。
いや、厳密にはあったのだろうが、わずか二歳という幼子の時に捨て子にされた上、親が行方をくらましてしまったので、その在処を知りようが無いのだ。
おそらくミオは俺の実家の話を聞き、実家の存在や親の名前も分からない、自分の生い立ちを思い出してさみしさが募り、やるせなくなってしまったのだろう。
「あ。パンダさん、止まっちゃった」
「えっと……じゃあ、もう一回乗るかい?」
「んーん。いっぱい楽しんだからもう大丈夫だよ。ありがとね、お兄ちゃん」
後ろを振り向いて答えるミオの、その切なそうな笑顔を目にして、俺は申し訳なさで胸がつぶれそうになった。
ともだちにシェアしよう!