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42.田舎に帰ろう!(6)

「はは、今はまだ、そんなに気張らなくてもいいって。ミオがこうして、ご飯の準備をしてくれているだけでも、俺は嬉しいからさ」 「んー、でもぉ」 「それにほら、ミオにはまだ学校があるだろ? 本格的な花嫁修業はもっと、時間に余裕ができる歳になってからでも遅くないと思うよ」 「分かったよー。じゃあ、今はできる事だけ頑張るね」 「うん。ありがとな」  俺がそう言って、ミオの頬に両手のひらをそっと添えると、ミオは愛おしそうに頬ずりしてきた。  うちのかわいい子猫ちゃんにとっては、大好きな人の体に頬ずりをして甘える事が、最高の愛情表現なのだ。  もっとも、先週の納涼祭による射的の時、俺のほっぺたにキスしてくれた事によって、ミオが愛情表現に革命を起こしたような気がしないでもない。  あの時のミオの柔らかくて瑞々しい唇の感触、今でも忘れられないなぁ。何しろ、天にも昇るような心地の良さだったからね。 「あ。お兄ちゃん、ご飯温まったよ!」 「うん。それじゃあ腹もペコペコだし、早速食べるとしますか」 「ねぇねぇ。ボクも一緒にいてもいい?」 「一緒にって、この食卓にって事?」 「そ。お兄ちゃんがご飯食べているとこ、ずっと見ていたいの。……ダメ?」 「ダ、ダメじゃないよ。二人一緒だった方が、いろんなお話もできるし、むしろ大歓迎さ」 「良かった。ありがとうお兄ちゃん」  ミオは俺の返事を聞くなり、喜び勇んで俺の対面に座り、二人分の麦茶をグラスに注いでいく。  やっぱり夏場は麦茶だよなぁ。カフェインレスだから子供にも優しいし、体も冷やしてくれる。そして何よりうまい。  まだ小さかった時の俺が外へ遊びに行くときも、うちのお袋が大きな水筒に、麦茶と氷をたっぷり詰めて送り出してくれたものだ。  柚月(ゆづき)家の麦茶は、とにかく濃さが売りだ。麦茶のパックに沸騰した熱湯を注いで蓋をし、充分に蒸らした後、冷水ポットに移して冷やす。  そうして冷蔵庫で一晩寝かせた麦茶は、焦げ茶のような色濃さに加え、芳しさがより一層強くなるので、見た目と匂いと味わいの全てが楽しめる一品になるのである。  お袋、まだあの手間暇かけた麦茶、今でも作っているかなぁ。せっかく帰省するんだから、ミオにも飲ませてあげたいよな。

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