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44.子猫と大型犬(1)

 柚月家の長男義弘(よしひろ)こと、俺の生家は、咲真(さくま)市の端っこにある。  うちの町内は家と家の合間に田畑があるから、住宅が密集していない。よって、最も近いお隣さんまででも、およそ二十メートルは離れている。  そのおかげか近隣トラブルも無く、我が家での生活は実に静かなものだった。  強いて不便な点を挙げるならば、回覧板を届けに行くのが面倒なくらいだ。  後はスーパーが遠いというのもあるが、割と近くに、お婆さんが店番をしている駄菓子屋さんが建っていたのが救いだろうか。  あのお店、まだやっているのかなぁ。荷物を置いて着替え終わったら、お袋に聞いてみるか。 「えーと。ジーンズは洗濯に回すとして、とりあえず、部屋着はこっちのハーフパンツでいいかなぁ。ミオはどう思う?」 「……え? 何?」  ウサちゃんのぬいぐるみを胸に抱いたままその場に立ちつくし、部屋中を見回していたミオには、どうやら俺の声が耳に届かなかったらしい。  やはりと言うか何と言うか、まだミオの中には、見知らぬ家にやって来た事に起因する緊張感が残っているのだろう。  無理もない話だよな。これが逆の立場だったら、俺だってきっとこうなる。 「何もない部屋で驚いただろ? ここは、俺が高校卒業まで使ってた部屋なんだよ」 「お兄ちゃんのお部屋だったんだ。でも、どうして高校までなの?」 「その理由は、俺が都内の大学に進学したからだな。さすがにここから通うと交通費が(かさ)んじゃうから、大学の近所にアパートを借りてたのさ」 「じゃあ、このお部屋の荷物は全部、今のお家に持っていったって事だよね?」 「そうだよ。さすがに、学習机とベッドとテレビはそのまんまだけどね」  という説明を聞いて、ここが俺の部屋だと知ったからか、ミオも少しは緊張がほぐれてきたらしい。  ウサちゃんをベッドに寝かせると、背負っていたリュックサックを下ろし、俺のバッグの横に並べて置いた。 「お兄ちゃん。さっきボクに聞いたお話ってなぁに?」 「え。えっと、ハーフパンツを部屋着にするのはどうかなっていう、他愛もない話だったんだけど」 「いいと思うよー。まだ暑いもんね」  ほんとに他愛もない話だったにもかかわらず、まじめに答えてくれたミオの表情には、さっきよりも余裕が出てきたように見える。  ミオを実家に連れて来た俺が、旅行気分で浮かれて変な質問をしてしまったが、今回はそれが奏功したらしい。

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