464 / 832

45.一家団欒(7)

「うん……いい香りと最高の味わいを出すために、あれこれ試してきたんだと思うと、お袋には頭が上がらないよ」 「何言ってるの、義弘。そんな事気にしないでいいから、ぬるくなっちゃう前に飲みなさい。ミオちゃんも喉カラカラでしょうに」  あんたも大げさねぇ、と苦笑いするお袋はどうやら、俺たちの後ろで話の一部始終を聞いていたらしい。  お袋からすれば、俺たちに気を遣われて、あげく飲む事を遠慮されるのが、最も不本意なのだろう。 「ごめん、ちょっとオーバーだったかな。それじゃあ、よく冷えてるうちにいただくとしますか」 「そだね。いただきまーす」  柚月家の麦茶が注がれたグラスを傾けると、時間をかけて煮出した大麦の種子による、ほのかな甘味が口いっぱいに広がっていく。  ああ、懐かしい味わいだなぁ。この麦茶を勉強机の傍らに置いて、渋々と夏休みの宿題をやっていた、ほろ苦い少年時代にタイムスリップしそうだ。  あの頃は、まさか自分が、こうまで恋愛に奥手で、結婚にも縁がないやつになるなんて予想だにしなかったんだよな。  もっとも、その奥手な性格が幸いして、ミオというショタっ娘と出逢い、恋仲にまで発展できたのだから、結果的には良かったのか。  もし、あのまま金使いが粗く、口の悪い元カノに振り回され続けていたら、きっとろくな人生にならなかっただろうし、別れも時間の問題だったと思う。  麦茶一杯でそこまで振り返るのも何だが、やっぱりミオという恋人がいなければ、俺は恋愛恐怖症をこじらせて、独り身のままだったんじゃないかな。  いや、こじらせていたからこそ、ミオと出逢えたのか?  ……まぁ、今更どっちでもいいか。 「んー、よく冷えててうまい! 体中に染み渡っていく感じがするな」 「うんうん。お茶なのに、ちょっと甘くておいしいねー」 「そうでしょ。でもねミオちゃん、その麦茶は、甘味料は入れてないのよ」 「カンミリョウ?」 「ええ。例えばお砂糖とかのね。六条大麦っていう麦の中で、より甘みとコクが出る種を買ってきて煮出すと、そういう味わいになるのよ」 「そうなんだ。いつもお家で飲んでるペットボトルの麦茶よりも、濃い味がするねー」 「色も焦げ茶っぽくて、濃く見えるでしょ?」 「うん」 「お茶は時間をかけて煮出すと、色も味も濃くなるのよ。麦の種類によっては、お水でお茶を作っても、近い味わいにはなるかも知れないけれどね」

ともだちにシェアしよう!