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45.一家団欒(19)

 すこぶる機嫌の良くなった親父はそう言って、お袋のグラスにもビールを注ごうとした。  その動作をいち早く察知したお袋は、手のひらをグラスに覆いかぶせ、笑顔で親父を制する。 「お父さん。せっかくだけど、わたしはミオちゃんと同じで麦茶にしておくわね。お酒に酔ったまま、お風呂に入るのは危ないから」 「む、そうか。じゃあ皆、長い前置きはすっ飛ばして、義弘とミオくんのために乾杯!」 「はーい。かんぱーい」  各々の、飲み物で満たされたグラスを掲げる動作を目の当たりにしたミオは、酒の席における乾杯という儀礼を知らないため、不思議そうな表情で俺たちを見ていた。 「ねぇお兄ちゃん。アジを釣った時もやったけど、カンパイってどういう意味なの?」 「えーと。乾杯する意味は結構いろいろあるんだけど、今日みたいな場合だと、さっき親父が言ったように、俺とミオの仲を祝福してくれただろ?」 「そだね」 「こういうめでたい日は、グラス……だけじゃないか。とにかく容器に注がれた飲み物に口をつける前に、お互いの持つ容器が割れないよう、かるーく掲げ合わせてお祝いするのさ」 「そうなんだ。だからさっき、キンキンって音を鳴らしてたんだね」 「うん。普段はお酒の席でやる場合が多いし、飲む前に乾杯するのがマナーだとか、いろいろ決め事もあるから、ミオくらいの歳の子が知らないのは普通かな」 「ボク、麦茶だけど乾杯してもいいの?」 「もちろんだよ。お袋も麦茶だしな。こういう儀礼、いや礼式かな? いずれにしても、皆でお祝いする乾杯は、飲み物の種類よりも、気持ちの方が大事だからね」  俺は乾杯の詳細な説明を終え、隣に座るミオにグラスを向けると、ミオは麦茶で満たされたグラスを両手で包み込むように持ち、そーっと打ち付けた。  お互いがガラスの容器同士を接触させるわけだから、どちらかが力加減を誤ったら、グラスが粉砕してになる。ミオはそれを心配したがゆえに、あえてソフトタッチにしたのだろう。 「俺たちの仲を認めてもらったお祝いに、乾杯」 「カンパイ! えへへ。お兄ちゃん、ありがとね」  人生初めての乾杯を交わしたミオは、うまくできた手応えがなくて気恥ずかしくなったのか、自然と照れ笑いが漏れる。  まさか実家への帰省初日で、俺とミオが恋愛関係にある事まで明かすことになるとは思わなかったが、親父とお袋が理解してくれたおかげで、結果的に俺たちは、両親の公認をもらえる仲になった。  胸のつかえが取れ、ようやく肩の荷が下り、少しだけ気が楽になったのは俺だけではない。恋人同士なのに大っぴらにもできず、心のどこかでモヤモヤしていたのは、ミオも同じだろう。

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