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45.一家団欒(20)
そんな悶々とした日々を送ってきたからこそ、俺たち二人に最も近い存在である両親が、乾杯までして祝ってくれたのが嬉しかったんだ。
あれは時を遡 る事、まだ夏になる前のお話。
二人で歯医者の検診に行って、問診票に妊娠中か否かを問う質問をミオが読んだその日、話の流れで結婚する約束までしたんだが、まさかそれが、ここまで現実味を帯びてくるとはなぁ。
もっとも、お相手はまだ十歳のショタっ娘ちゃんなので、式を挙げるにしても、まだまだ先のことになるのは、ここにいる全員が周知している……はずだ。
ミオとしては来年訪れる自分の誕生日、すなわち六月五日に設定したいのだろうが、それでもまだ十一歳だから、やっぱり早すぎる。
ひょっとするとミオは、ジューン・ブライドを意識して六月を選んだのだろうか。
「義弘、何ボーッとしてるの。早く食べないと、せっかくのお寿司が傷むわよ」
「え? あ、ああ、ごめん。それじゃ記念すべき一貫目は、ヒラメのえんがわにしようかな」
俺が寿司桶に並ぶネタの中から、シソの葉を挟んだ白身の握りを取り皿に乗せると、お袋がフフッと笑った。
「あんた、やっぱりえんがわが好きなのね。子供の時からずーっと変わってないわ」
「はは。何と言うかさ、口の中に運んだ時に広がる、シソの葉の香りがえんがわとマッチして、やたらうまく感じるんだよね」
「そうか、義弘はえんがわか。お父さんはイカが好きでな」
親父はそう話しながら、やはりシソの葉が挟まれた白身の、イカの握り寿司を一口で平らげる。
そのまま噛まずに飲み込んだらひな鳥の食事になってしまうのだが、親父はそこまでせっかちな人ではない。
「うん、うまい。このイカは、噛めば噛むほど口の中で溶けるような柔らかさだな」
「詳しい説明書きは無かったから分からないんだけど、それって何イカなのかしらね」
「うーん? 見た目だけじゃ判断がつかないから特定が難しいな。ただ、ダイオウイカじゃないのは確かだね。な、ミオ」
「そだねー。でも、お兄ちゃんと一緒に釣ったヒイカでもなさそうだなぁ」
箸を止め、微笑ましくミオの返事を聞いていたお袋が、ヒイカの話が出た途端、いかにも興味深げに尋ねてきた。
「ミオちゃん、義弘と一緒にイカ釣りしたの?」
「うん! 少し前に、デートでイカ料理のお店に行った時、生け簀ってところで釣ったんだよ」
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