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45.一家団欒(21)
「あらぁ、そうだったの。義弘、ずいぶん気の利いたプランを考えたわね」
「気が利いたというより、運が良かったんだと思うよ。何しろイカを生け簀で泳がせているのを知ったのは、俺たちがお店に着いてからだからさ。そこで釣り体験ができたのは偶然なんだ」
俺がデート当日の事情を話しているその隣では、ミオが、おそらく人生初であろうネギマグロの軍艦巻きを、幸せに満ちた顔で頬張っていた。
寿司だけに限った話ではないが、嬉しそうに、かつ、おいしそうにご飯を食べているミオの笑顔を見るだけで、こっちまで笑みがこぼれてきちゃうんだよな。
「で、イカ料理専門店へ行こうって話になったのも、元々は、ミオが見てたテレビ番組がきっかけなんだよね」
「テレビ番組?」
「そうだよー。ボクが、ダイオウイカでイカ飯を作るって番組を見たの。それまで、イカ飯が何なのか全然知らなくって……」
対面に座るミオの、イカ飯にまつわる話を聞いていた親父は、突如として目を伏せ、そっと箸を置き、いかにも申し訳なさそうに背筋を伸ばした。
たぶん親父は、イカ飯の存在を知らなかった原因が、捨て子にされたミオの生い立ちにあると推測し、恵まれてきた自分と対比して、いたたまれなくなったのだと思う。
するとお袋は、親父の太ももをポンポンと叩き、ミオには聞こえないよう、声を殺してこうたしなめた。
「お父さん! ミオちゃんには楽しい時間を過ごさせてあげようって決めたでしょ。あまりしんみりし過ぎないの」
「う。そ、そうだったな。すまん」
こういう気を遣った会話を聞くに、親父もお袋も、俺たちが実家へ帰省するにあたって、いろんな事を打ち合わせてきたんだろうなぁ。
俺の事はともかく、初めて顔を見せに帰ってくる、かわいい初孫のミオを、どうにかして楽しませようと、前々から話し合いを続けてきたんだと思う。
だからこそ飯の時間くらいは、しんみりとした重い空気をかもし出さないよう、努めて明るく振る舞うようにしていたんだな。
その心遣いは嬉しいし、とてもありがたいんだけど、当人のミオは、顔も声のトーンも明るいので、特に落ち込んだり、湿っぽくなったりといった様子は見られない。
それもそのはず。なぜなら、ミオが話題に出たイカ飯を知らなかった事で話が大いに弾み、二人っきりでイカ飯を始めとした各料理を堪能するため、外食デートに出かけるという思い出ができたのだから。
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