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45.一家団欒(28)
「そうだなぁ。火と花火セットは親父に任せるから、俺と一緒に水汲みに行こうか」
「うん。いっぱいお水汲むー」
「ふふ、ミオちゃんは働き者ねぇ。義弘、分かってると思うけど、虫除けスプレーもちゃんと振りかけておくのよ」
「あ、そうか。蚊が寄って来るかも知れないからな」
俺の言葉に大きく頷いたお袋は、薬箱が置いてある棚を指差し、虫除けスプレーの在り処を教えてくれた。
「ミオは特に肌を出してるから、蚊に刺されないよう、しっかり虫除けをしておこうな」
「はーい」
ミオは右手を高々と上げながら、元気よく返事をする。
先行する俺に続いて、薬箱の置かれた棚の目前へとやって来たミオは、とある未知のものに気が付くや、さっそく質問をぶつけてきた。
「ねぇねぇお兄ちゃん。このまーるい缶缶なぁに?」
「缶缶? ああ、それは蚊取り線香だよ」
「カトリセンコウ? どこで区切るの?」
「区切らなくていいけど、強いて分けるなら、蚊取り、線香だな」
「それって人の名前?」
「昔ならそういう名前の人もいただろうけど、これは、ただの蚊取り線香なんだよ」
「んー? 無料ってこと?」
「いや、たぶん五百円くらいじゃないか?」
という、蚊取り線香をめぐる俺とミオのやり取りを見ていたお袋が、突如として吹き出した。
「義弘、あんたまで天然でどうするのよ。それが、ちゃんと何に使うものか説明してあげなきゃ。今は馴染みのない子も多いんでしょう」
「そっか、用途の説明をすればいいんだ。つまりだなミオ、これは飛んでる蚊を倒すお線香なんだよ」
「お線香で蚊を倒せるの?」
「うん。詳しい成分はよく知らないんだけど、とにかく、蚊が苦しんで落ちる何かが練り込んであるらしい」
あえて「殺す」だの「死ぬ」だのという、物騒な言葉を使わなかったが、それでもお利口さんなミオは、蚊取り線香の用途を理解したようである。
「じゃ、これも持って行った方が、蚊は嫌がって寄って来なくなるんじゃない?」
「確かにそれはあるな。お袋、これまだ中身は入ってるの?」
「最近使ってないから忘れちゃったけど、半分くらいは残ってるはずよ。ミオちゃんの言う通りだから、蚊除けに焚いておきなさい」
「分かったよ。じゃあこの缶缶も持って行くと。他には何かあるかな?」
「念のために、蚊に刺された時の塗り薬もあるといいわね。ミオちゃんの綺麗な肌が腫れあがると大変だから」
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