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47.ひと騒動(2)
「ミオ。モヤモヤは、左脚の太ももで合ってる?」
「うん。触ったり、掻いたりちゃダメなのかなって思って、ずっと我慢してたんだけど、そこがモヤモヤするの」
「痒 い?」
「んーん、平気だよ」
ミオは俺が聞き取りやすいように、背中を向けたまま、顔だけを横向きにして返事する。
そのやり取りを聞いていたお袋は、まっすぐ救急箱のある棚の方へと向かい、数あるチューブ型の塗り薬を、いくつか手に取って戻って来た。
「お袋。家の周りに、何か変な虫がいたことある? 例えばブヨとか」
「ブヨ? ちょっと思い当たらないわね。もしかして、ミオちゃんがブヨに刺されたの?」
「すぐに痒みがあるなら、ただの蚊だろうけど、ブヨの場合は症状が出るまでの時間差があるから、ひょっとしたらそっちのおそれが……」
俺の推測を聞いたお袋は、あまりの衝撃に顔を青ざめ、絶句してしまった。
ブヨは刺すというよりも、皮膚を噛んで、出てきた血を吸い、その代わりに毒を送り込むという、とんでもない害虫である。
ブヨの厄介なところは、送り込んだ毒によって起こす痒みが、筆舌に尽くしがたいほど激しいこと。
それだけでなく、噛まれた部位が露骨に腫れ上がってしまい、その人の体質によっては最悪、噛まれた痕が半永久的に残り続けてしまうのだ。
お袋が絶句した理由は、ブヨによる被害の辛さを知っていて、あろうことか、実家へと遊びに来た、かわいい孫を危険な目に遭わせてしまったかも知れない事に責任を感じ、言葉を失ってしまったのだろう。
ドラッグストアなどで販売されている、一般的な蚊を寄せ付けないための虫除けスプレーは、ブヨにはまず通用しない。それは蚊取り線香でも同じ事だ。
実家に置かれていた、虫除けのための薬剤と線香は、確かに蚊を近付けなかったのかも知れない。だが、ミオはそれよりも更に、厄介な虫に噛まれたおそれがあるので、俺とお袋の間で、凄まじい緊張感が走ったのだった。
「ミ、ミオちゃん、ごめんなさい! わたし……」
こんなにも愛くるしい孫に、自らの手落ちで大変な傷跡を残させてしまったと思い込み、すっかり血の気が引いてしまった様子のお袋が、ミオに謝罪の言葉をかけようとした、その次の瞬間。
花火の後始末を終え、リビングに戻ってきた親父が、俺たちに向かって、のん気に尋ねてきた。
「おーい。蚊に食われたのは誰だ?」
「え? 蚊?」
「ほれ、これ見てみな」
親父が握り込んでいた手を開くと、おそらくその手で叩き潰したと思われる、小さなヤブ蚊の死骸が横たわっていた。
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