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47.ひと騒動(3)
で、その死骸の腹部から漏れ広がっている、わずかな赤い液体を見る限り、きっとこやつは、誰かから吸血した後だったのだろう。
そのままどこかへ行くならまだしも、この間抜けなヤブ蚊は欲をかいて、二匹目のドジョウとばかりに、親父の右腕へ飛びついたところを、一撃で仕留められたらしい。
「わ、露骨に血を吸った後じゃん。でも、俺はどこも刺されてないと思うんだよな。お袋はどう?」
「わたしも別に。長袖とロングパンツだったから」
「じゃあ、ミオくんは?」
「ミオは、太ももの後ろがちょっとだけ赤くなって、モヤモヤするらしいんだ」
「モヤモヤ? おれにはよく分からんが、ミオくんはそこを掻いてないんじゃないか?」
「親父、よく分かったね。ミオも痒みがないそうだし、何より掻いちゃダメだと思って、触るのも我慢してたって聞いたところなんだよ」
「じゃあ、こいつに刺されたのはミオくんで間違いないだろ」
親父はよほど自信があるのか、ヤブ蚊に刺されたのは、ミオで間違いないと言い切った。
確かに俺もお袋も、吸血未遂で蚊を叩き潰した親父も、全く虫刺されの痕が無い。
まさか、腹一杯になった奴が、二十メートル離れた隣の家から飛んできたとも考えづらいし、今思い当たるフシはと言えば、わずかに赤くなっている、ミオの太ももだけだ。
「親父。念のために聞くけど、うちの庭でブヨが湧いた事はある?」
「は? ブヨなんて湧くわけないだろ。キャンプ場や清流の川じゃあるまいし。あえて水場を作らないような庭をおれが設計したからこそ、ボウフラですら、ろくに寄せ付けてこなかったんだぞ」
ミオを襲ったのがブヨではないと、即座に否定する親父の職業は庭師。であるがゆえに、万が一の事を考えて、あらゆる害虫が湧き出さないよう、環境に気を配って、自宅の庭に様々な工夫をこらしたらしい。
「義弘と母ちゃんがその様子だと、大方、最悪のパターンを考えてブヨに行き着いたみたいだがよ。ちっとは落ち着いて、ミオくんの、赤みを帯びてる部分をよく見てみろよ」
俺は親父に促されるまま、状況がよく分からず、キョトンとしているミオの、左脚の内ももへ顔を近付ける。
これはあくまで、ミオが何の虫に刺されたのかを詳しく調べる行為なだけであって、決して俺に下心はないんだと、あらかじめ断っておきたい。
でも正直、ドキドキはするよな。ショートパンツから伸びるミオのお御足 が、あまりにも美しいものだから。
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