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47.ひと騒動(5)

「昔は日本脳炎って疾病(しっぺい)が深刻で、蚊に刺されただけでも大事(おおごと)だったんだがな。あれの原因はアカイエカの仲間だったかの仕業だし、ミオくんが刺されたとしてもヤブ蚊だから、まず心配はないだろ」 「お父さん、他の感染症はどう? 確かにブヨじゃなくて安心はしたけど、デング熱なんかは……」  不安気に問いかけてきた、お袋のいかにも深刻そうな表情を見た親父は、困り顔で頭を掻く。 「母ちゃんも心配性だなぁ。その可能性、はちょっと違うか。蓋然性(がいぜんせい)だな。要するに『あるかないか』で言ったら、そりゃあるんだろうけどよ」  親父たちの虫刺されに関する話を聞いているせいか、俺までどこか刺されたような気がしてきて、やたらと手の甲が痒い。 「ただ、その心配は豆粒くらいのもんで、最後に報告があったのも……どうした義弘、ソワソワして。お前も痒いのか?」 「うん。ちょっと、左の手の甲がさ」 「ん? 何で左だけなんだ? ちょっと見せてみろ」 「花火で遊び終わったあと、リビングに戻ってずっと痒い話ばっかりしてたから、蕁麻疹(じんましん)でも起こしのかしら?」 「かも知れないな。親父、ちょっと見てくれる? 腫れはないと思うんだけど、なぜか左の手だけが痒いんだ」  俺は、さっきまで後ろ手に組んでいた両手を胸の高さまで掲げ、左手の甲を見せてみると、親父は目をむいて退(しりぞ)いた。 「な、何だその左手! ミオくんの痕とは比べ物にならないくらい腫れてるじゃねえか」 「え。マジで?」 「マジも大マジよ、義弘。さっきのヤブ蚊に刺されたのはミオちゃんじゃなくてあんたでしょ」 「え? え? そんなに腫れてる?」 「お前も自分の事になると、大概のん気になるんだな。おれらが信じられないなら、自分の目で確かめてみろよ」  この左手の甲に一体何が起こったのか分かっていないのは、当事者である俺と、背中を向けたまま立っているミオだけのようだ。 「んー? お兄ちゃんも虫に刺されちゃったの?」 「みたいなんだけど……うわっ。いつの間にか、でっかく腫れ上がってるっ」 「わぁ! お兄ちゃん、ボクが蚊に刺された時みたいになってるよー」 「ミオくんの指摘する通り、あからさまに蚊に食われた痕だな、それは。さっき叩き潰したヤブ蚊は、実はお前の血を吸ってたんじゃないか?」 「まず、間違いないわね。大方、花火遊びとお喋りで夢中になって、蚊が止まったのも気付いてなかったんでしょ」  親父の推測に同調したお袋が、呆れたような顔で、一旦俺に渡した塗り薬を取り上げる。

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