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47.ひと騒動(9)
もっとも、蚊がいないならいないで、蚊をエサにして生きながらえる動物が減るとか、一役買っている植物の受粉を行えなくなるなどのデメリットも一応ある。
なので根絶させよう……とまでは言わないが、だからと言って、どうぞ血を吸ってくださいと、腕や脚を差し出すのもちょっと違う。
少なくとも、我が家では蚊と共存共栄をするつもりは毛頭ないので、明日、庭で花火を遊ぶ折には、虫除けの対策を強化する事になるだろう。
――とにかく。
脚線美の肝であるミオの太ももにできた赤みが、ブヨや蚊による虫刺されじゃなくて、ほんとに良かった。
ミオが訴えていた、患部の「モヤモヤ」とは、まだ腫れ上がっていない赤ニキビによる、ごくごく些少 な痛みをうまく言葉にできなくて、苦心の末に思い浮かんだ表現なのだろう。
その表現と、患部に痒みが無いという証言を曲解した俺が、ブヨの仕業ではないかと推測した事に端を発し、結果として、柚月家にひと騒動を起こす結果になってしまった。
決して、自分の誤った見立てを弁護するつもりはないが、ブヨの噛み切った皮膚も赤ニキビも、即座に処置しなければ、半永久的に痕が残るという点では共通している。
もし、今がお盆の連休中じゃなかったら、俺は明日にでもミオを乗せた車を飛ばし、朝一番で皮膚科へと駆け込んでいたことだろう。
夏休みが終わってからのミオは、校外学習やレクリエーションの一環として、山への遠足とか、林間学校で自然に触れ合う事になる。
つまり、この子は一時的ながら、学校の先生たちの引率を頼りに、俺の目が届かないところへ行ってしまうのだ。
今回だけは虫刺されでなくて胸を撫で下ろしたが、次はどうなるのか分からない。
多少持ち出す物が増えるのは間違いないが、今回の騒ぎを教訓としたミオ自身に、虫刺されの予防策を率先して取ってもらう事で、いつまでも、その美脚で俺をドキドキさせてほしいと思うのである。
「ふわあぁ。お兄ちゃーん、ボク、ちょっと眠くなってきちゃった」
よほど強い睡魔が襲ってきたのだろう。俺に眠気を訴える、甘えんぼうな子猫ちゃんのまぶたが、半分閉じかけている。
「今日は車で渋滞を走って、うまいご飯もたらふく食べて、おもちゃ花火を目一杯遊んだもんな。時間も時間だし、そろそろ寝る準備しよっか?」
「うん。歯磨きとフロスして、今日の日記を書いてから寝るぅー」
「フロス?」
耳にしたことのない単語なのか、救急箱に塗り薬をしまって戻って来たお袋が、フロスの正体を、俺に問い確かめてきた。
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