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47.ひと騒動(10)

「そう。デンタルフロスの略称で、糸ようじみたいなもんだよ。適当な長さで切った、歯の掃除用に作られた糸を両手の指に巻いて使うから、慣れが必要なんだけどね」 「へえ、そうなの。わたしたちは糸ようじしか知らなかったけど、今はいろんな掃除の方法があるのねぇ」  眠い目をこすり、睡魔と戦っているミオを微笑ましく見ながら、お袋が感嘆の声をあげる。  まぁ定期的に歯科健診にでも行くか、よほどドラッグストアに通いつめでもしなきゃ、糸ようじ以降の新アイテムには、まず気が付かないんだろうな。 「ところで、なぁミオくん。今日はどこで寝るんだい?」  夜も更けてきた事で、リモコンを操作して、テレビの音量を落とした親父が、今夜、ミオが寝床とする場所を尋ねてきた。 「んー? えっと、ボクはお兄ちゃんのお部屋にあるベッドで寝たいな。お兄ちゃんはいつも一緒に寝る時、ぎゅっとしてくれたり、腕枕をしてくれるんだよ」 「まぁ。もうすっかり恋人同士になっちゃって。ねぇ義弘、その役目、お母さんと代わるつもりはない?」 「……はぁ?」  お袋ってば、ミオがあまりにも魅力的なショタっ娘ちゃんなもんだから、せめてお盆の帰省中くらい、二人っきりの同じ寝床で甘えられてみたくなったのかな。  人目をはばからず俺に抱きついて、ほっぺをスリスリして甘えてくる、子猫系ミオの無邪気さを目の当たりにしたお袋は、思わず胸がキュンとして、眠っていた母性本能が呼び起こされたのだろう。 「それは、俺だけが決める事じゃないだろ。ミオが誰と一緒に寝たいのかは、ミオ本人の意思を第一に尊重しないと」 「そうそう。義弘の言うとおりだぞ、母ちゃん。自分だけ出し抜こうったって、そうは問屋が(おろ)さないんだからな」 「う……お父さんに似たのかしら。ずいぶん言うようになったわね、義弘」  ミオと二人っきりで眠るという、自分の企みに〝待った〟をかけられたお袋は、引きつりながらも何とか笑顔を作り、余裕があるところを見せようとする。 「ミオくんは、お祖父ちゃんと一緒に寝たいよな?」  おいおい、親父。そりゃあ、いくら何でも直球すぎるでしょうよ。というか、何で今になって、親父とお袋の間で、ミオの争奪戦が勃発したんだ?  そもそもミオは、一人で留守番している時でも、ウサちゃんのぬいぐるみを俺だと思って抱っこするほど、俺にだというのに。  俺と血が繋がっている両親だから、もしかしたら自分たちとも同じ床で寝てくれるかも知れないと、そんな可能性を見出したのだろうか。

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